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姉弟(短編小説)

「ねえ、洋輔、これはどうする、持ってくの?」

晃太が、積み重ねられた雑誌の束を指して、訊いた。

「ああ、それは捨てる。もう読まないし」

「じゃあ、俺が貰ってもいい?」

「いいけど。古いよ」

晃太は、「やった!」と言って、雑誌の束を、部屋の入口まで、運んだ。

「この部屋とも、もうお別れか」

部屋の中を、洋輔がぐるっと見渡した。

「狭い部屋だけどね」

晃太が言う。

机とベッドと小さな本棚が置いてあるだけの部屋。


この部屋は、千津子と洋輔の両親が事故で亡くなり、二人が晃太の家に引き取られるまでは、納戸として使われていた。

晃太の父は、洋輔の叔父、彼の父の弟に当たる。

千津子と洋輔には、父方、母方、双方の祖父母とも、すでに亡くなって、この世にいなかった。

兄が遺していった、二人の子どもを、自分が引き取って面倒を見るのは、当然のことだと、叔父は考えたのだ。

もっとも、叔父も余裕のある暮らしをしている訳ではない。

二人の学費や、学校行事にまつわる諸々の出費、食費や光熱費、月々の小遣いなどは、事故死した両親が遺した保険金や、資産で、十分まかなえる、と叔父は言った。

だから、安心して大学まで進めばよい。

自分に恩に着る必要はない、すべて両親が遺してくれたものを使うのだから。

ただし、若いうちは誘惑も多い。

二人の両親の遺産は、叔父が管理して、二人が成人し、大学での学業を終え、一人前の社会人になるまでは、預かっておく。

晴れて、社会に出た暁には、両親の遺産から、それまで二人にかかった費用を引いた残額を渡すことにする、と。


千津子も洋輔も、叔父の申し出を、感謝して受けた。

叔父は、生真面目な性格の人で、その言葉に、何ら嘘や打算のないことは、二人にはわかっていた。

それに、それ以外にどうする道があったというのだろう。

叔父一家しか、身寄りと呼べる人たちはいなかったのだ。


高校二年生の千津子と中学一年生の洋輔は、叔父の家に住むことになった。

決して余分な部屋があるわけではない叔父の家で、千津子は、それまで納戸だった部屋をあてがわれ、洋輔は、叔父の一人息子の晃太と、6畳間の子ども部屋を二人で使うことになった。

その暮らしは、千津子が大学を卒業するまで続き、彼女が就職し、叔父の家を出て、一人暮らしを始めると、空いた納戸に、今度は、洋輔が移ったのである。

幸いだったのは、晃太が従姉弟たちになついたことだった。

一人っ子だった晃太は、急に家の中に、人が増えたことに、最初は戸惑っていたが、機嫌が悪くて、ぐずっていたときに、千津子に遊んでもらったことで、一転、この年の離れた従姉に夢中になった。

それまでも、何度か、いとこ達に会うことはあったのだが、人見知りの癖のある晃太は、なかなか子供同士、打ち解けるところまでいかなかったのである。

晃太は、千津子を追いかけ回し、洋輔が、「あれは、俺のお姉ちゃんだ」と主張すると、「じゃあ、僕は、『姉ちゃん』って呼ぶ」と言い返した。

叔父の妻である人は、おとなしいが、面倒を嫌う人で、初めは、夫が、兄の遺児達を家に引き取ることに、余り良い顔をしなかった。

だが、いざ二人が来てみると、息子がすっかり姉弟になついて、くっついているため、息子の面倒を見てくれる人達と考えることで、二人の義理の姪と甥を受け入れたのである。


「寂しくなっちゃうけどね」

晃太が言う。

「よせよ、いつでも会えるじゃないか」

「洋輔がこっちにいる間はね。でも、就職先、商社なんでしょ、どこに行かされるかわからないし」

「大丈夫だって。遠くに行かされるやつは、たいてい優秀なやつだから」

「アフリカなんて行かされないでね」

「大丈夫、大丈夫」

軽く答えながら、洋輔は荷造りを進めて行く。


洋輔が就職したら、姉の千津子と二人で住む、ということは、二人で話し合って決め、叔父夫妻にも話してあった。

叔父は、姪と甥の二人が、揃って堅実な勤め先を選び、生活面でも、姉弟で力を合わせて暮らして行こうとしていることに、大いに賛成してくれた。

「私にできることは、あとはこれくらいだから」

と言い、千津子の時と同じく、洋輔にも、彼名義の銀行通帳とカードを渡してくれた。

「叔父さん、本当に長い間、ありがとうございました」

受け取って、頭を下げると、叔父は感極まったように、

「兄さんに似てきたな」

と呟いた。


その晩、もと納戸だった小さな部屋で、洋輔は、蹲るようにして一夜を過ごした。

寂しさの詰まった部屋だった。

両親の思い出の残る家で、姉と二人、住むことが、なぜ許されないのか、洋輔にはわからなかった。

子供だけでは住めないから、という理由で、懐かしい我が家は売りに出され、誰とも知らない人に買われていった。

叔父の家に引き取られてから、一度だけ、もとの家を見に行ったことがある。

まるで見覚えのない家に建て替わっていた。

庭の様子も様変わりしていて、玄関ドアが開いて、誰かが出てこようとするのを機に、洋輔は、その場から走って逃げた。


引っ越しのトラックを頼むほどの荷物があるわけではないが、さりとて机やベッドを一人で運ぶこともできないので、洋輔は、引っ越し業者の薦める、<お一人様用>というパックを選ぶことにした。

姉と住むアパートは、二人の勤める会社の、丁度中間点にあった。

千津子も、それまで住んでいたアパートを引き払って、一日前に、越して来ていた。

同じ日に引っ越しを頼まなかったのは、千津子が、一足先に、台所や浴室などの共用部分を片付けておきたい、と言ったからだった。

「洋ちゃんが来たら、すぐにご飯が食べられるようにしてあげたいから」

と姉は言った。


ささやかな洋輔の荷物を、アパートの部屋に運び入れ、机とベッドを据え付けると、二人は、その晩、千津子の希望通り、二人で食卓を囲んだ。

「お疲れ様」

千津子の手料理を前に、二人は、ビールで乾杯をした。

千津姉ちづねえと、こんな風に一緒に食事できる日が来るなんて、俺、想像もしてなかった」

「私もよ」

千津子はそう言ったきり、しみじみと、弟の顔を眺めた。

「なに」

見られていることに、洋輔が照れて尋ねると、

「お父さんに似てるのかなあ、と思って」

と言う。

「お父さんか、叔父さんにも言われたけど、似てきたなって」

千津子はうなずいた。

「洋ちゃん、私、お母さんに似てる?」

「え、うーん、どうだろ、叔母さんは、よく、千津姉は、お母さんの若い頃に似てるって言ってたけど」

千津子は、ぽつりと言った。

「洋ちゃん、寂しい思いをさせて、ごめんね」

「何だよ、急に」

「洋ちゃん、本当は、叔父さんの家に行くんじゃなくて、もとの家に住みたかったんでしょう」

「当たり前だろう、でも・・・」

「私もよ」

洋輔はぎょっとした。

千津子の声が震えていたからだ。

「お姉ちゃん」

思わず、昔ながらの呼び方で姉を呼んだ洋輔は、千津子の顔を覗き込んだ。

「あの時は、そうするしかないと思って、叔父さんの家に行ったけれど、洋ちゃんには、本当にかわいそうなことをしたと思って」

そう言うと、姉は、隣に座る弟の肩に腕を回し、抱きしめた。

「それに、私が就職してからは、洋ちゃんをあの家に置いてきてしまって。
何とか、洋ちゃんも一緒にと思ったんだけど、叔父さんたちに反対されて、押し切れなかった。
でも、洋ちゃんが、置いて行かれたと思っていたらどうしようって、ずっと申し訳なくて」

「そんなこと、俺、思ったことない・・・」

洋輔は絶句した。

自分の頬が濡れているのを感じたからだった。


「一度だけ、謝っておきたかったの」

千津子は笑いながら言った。

「叔父さんの家にいた方が、大学にも近いし、洋ちゃんのためだっていうことはわかっていたの。
でも、寂しがってるだろうなって思って」

「千津姉が気にすることはないよ。俺も納得して決めたことだ」

「わかったわ。ありがとう」

「だいたい、大学生にもなって、姉ちゃんが一緒にいないから寂しいって思うような男なんて、いないって。
中学生の時ならともかくさ。
それから、いい機会だから言っとくけど、もう二度と、ダメ男に引っかかるなよ」

「生意気な発言は禁止します。ま、事実だから、反省はしてるけど。
それから、家事は交替制だからね」

「任せとけ」

食べ終わった食器を持って、洋輔は、立ち上がった。

(了)


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#うたスト #課題曲I

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「都会の片隅にいるひとの孤独」

ジュンペイさんの「徒花」を聴いたとき、浮かんだテーマがそれでした。

そのテーマを、家族愛で描いてみたくて、

以前、<2000字のドラマ>で書いた、姉弟を再登場させました。

皆様に読んで頂けますと、嬉しく思います。

※タイトル画像は、かくたすずさんからお借りしました。ありがとうございました。

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最後までお付き合い下さって、ありがとうございました。

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ぱんだごろごろ
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