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母の言葉「YouTuberやればいいんじゃない?」に、何かが解放された話。

今日は、徒然日記でお送りします。
母の言葉に救われたという話です。

この記事を書いている人:
現職教員としてはたらく20代。教育改革や職場改革に奔走するも、心身不調により休職経験あり。教育についての自分の経験や科学的情報、心身安定に関する情報を発信しています。


わたしの母

先日両親が遊びに来た。母親の定年退職祝いである。

母はその年齢にしてプログラミングやホームページ作りを趣味にしている。もともとは機械が苦手で、パソコン操作なども慣れずに父やわたしたち子供に聞くと言うのが定石であった。

ところが10年ほど前から、興味が湧いたのか独学でプログラミングの勉強を始め、今ではちょっとしたコードなら自分でかけちゃう。その学習力と忍耐強さたるや、娘の私も恐るべきものである。


わたしのキャリアと副業の話へ

さてそんな母と、定年後どんなことをしたいのかと言う話で大盛り上がりした。そして話題はうつり、わたし自身のキャリアについて。

私自身教員でありつつ、先の将来、副業や複業を考えたいと思っている。巷で最近よく耳にするFIREを目指したいなと考えているのです。
そこに向かう向かっていくために何ができるかなぁと模索しながら、noteを書いてみたりブログを開設する準備をしてみたり様々な取り組みを考えています。

しかしそういった話を、正直母がすっと受け入れてくれるとは全く思っていませんでした。もともと安定志向で、できるだけ食いっぱぐれないようになってほしいと考えていた母だったので、社会の新しい動きにあまり気づかず、転職がほとんどない昔の考え方でここまで来てるのではないかと思っていたのです。

ところがいざ副業の話をしてみると、母はノリノリで私の話を受け止めてくれて、しかもこんなことまで言う始末。

あなたYouTubeやったらいいじゃん。

教員をしているので、個人的に顔出しにはまだかなり抵抗があるのですが、同じく教員だった母はそんな感覚すらも乗り越えて娘にYouTubeを進めてくるのです。

しかも冗談ではなく結構マジです。
私は、母がそういう新しいチャレンジに乗り気なことに驚きました。


たぶんHSP気質な母とわたし

思い出すと、幼少期から思春期まで見ていた母は、何かにつけて職場のことをよく思ってなさそうだったり、電車や人混みに疲れやすかったり、感情のコントロールが苦手で不機嫌になったりと繊細さんだった。

その母の顔を見ながら育った私。
人が不機嫌になっていることに敏感になった私だったのです。

なのに。

そんなふうに、どうなるかわからない可能性の話に飛びついて、楽しそうに話してる母。

そして趣味になったプログラミングのさらなる進展を目標に目を輝かせる母。

その姿を見て、私はとても驚くとともに、なんだか妙に喜びや安心の気持ちが沸き起こってきたのでした。

わたしが休職するくらい繊細になってしまったのは、心のどこかで、本当にちょっとだけですが、母の苦しみが関係していたのではないかと私自身も苦しんでいたところがありました。

でもなんだか、その言葉に、
自分の過去の影響が解放されたような、
鎖が解き放たれたようなそんな感覚に陥ったのです。

YouTuberになっちゃえばいいじゃん

軽やかな言葉を胸に、私は新たな一歩を踏み出せる。


…本当にYouTuberをやるかはまだまだ未定ですが(笑)

さぁ新しく、どんなチャレンジをしようかな。

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