
エッセイ)餌付け
実家はかなりのボロ屋でよくネズミが出た。
ある日の晩、台所の三角コーナーで黒い影を見つけた。ネズミが残飯をかじっていたのだ。
人に見つかったのだから一目散に逃げ出すのかと思いきや、肝が座っているのか、馬鹿なのか一向に逃げだす事もなくムシャムシャと食べ続けていた。
漫画とかで、囚人がネズミをペット代わりにして餌を上げているシーンが頭を過ぎった。
もしかしたら、いけるかも。
私は夕食の残りを千切って、それを片手にネズミにゆっくりと近づいた。
流石に近づくと驚いた様子でネズミは逃げ出した。仕方がないので千切った餌を台所に置いて、私は寝る事にした。
翌日、台所を確認すると餌はなくなっていた。
その日から毎日のようにネズミと出くわした。会う度に餌付けを試みたが、毎度逃げられていた。しかし、何週間かたったある日、ネズミは逃げなくなった。そして、私の目の前で餌を食べるようになった。
ネズミと私の信頼がやっと結ばれたのだ。
この日を境にネズミも人に慣れてしまったようで、他の家族にも目撃される様になった。
数日後に父が、ネズミ取りシートを仕掛け、ネズミはその罠にかかってしまった。
捕まったネズミを見たら、粘着シートが引っかかり動けなくなり、寂しそうに此方を見ていた。私はいたたまれなくなり割り箸を使ってネズミをシートから剥がして、近所の草むらに逃してやった。
ラスカルを森に放した主人公の気持ちだった。
好きな所へお行きと思ってはいたが、粘着剤が体に纏わり付き、まともに動けなくなっていた。
帰宅して数時間後に、あの状態では餓死してしまうかもしれないと思い、再び草むらに戻る事にした。
左手に餌を右手に犬の散歩紐を持って…。
草むらの中でネズミを探すのは難しいと思い、近所の犬を借りて連れて行く事にした。
案の定、放した場所にネズミの姿はなかった。草をかき分けて探すものの見つからずに、諦めて帰ろうとした瞬間、犬がリードを引っ張った。
もしかして、発見した…。
犬は頭を草むらに突っ込みガサガサと何かをしている。そしておもむろにこちらを振り返った。すると、犬の口から何やら1本の紐のようなものが垂れていた。
…まさか…。
まさかが頭を過ぎった次の瞬間…。
バキ。ボキ。バキバキ。
犬は聞きなれない音と共に口を動かし、最後は喉をゴクンと動かした。
犬ってなんでも食べるって言うけど、本当になんでも食べるんだ…。
そんなつもりじゃなかったけど、結果的に犬にも餌付けをしてしまった。
終わり