見出し画像

エッセイ)マジシャンと呼ばれた男

※話を読んでいただく前に
フットサルでは、タイムアウトを前後半に1回ずつ取る事が出来ます。
タイムアウトを取る際にはをベンチ横に設けられた席に座る第3審判にタイムアウトを申請するカードを提出しなくてはなりません。
下記では、タイムアウトを申請するカードを
 Tカードと記載します。

私がフットサルの監督をしていた頃、よく知る人は、私をマジシャンと呼んだ。

監督の1番の仕事は、チームに勝利をもたらす事だ。そのためには、普段の練習メニューを考案したり、相手の弱点を探し出したり、選手のメンタルサポートをしたりと仕事は、多岐に渡る。正直、試合が始まってしまうと監督に出来る事などは、たかだか知れている。
試合中、最大の仕事は、タイムアウトを取る事だ。このタイムアウトを如何に取るかが、監督としての優劣を決める。

ある日の試合。
その日は雪がぱらつく寒い日だった。
対戦相手は優勝を争うライバルチーム。
ここでの勝敗が残り試合の意味を大きく変えてしまう大切な一戦だった。
試合は一進一退の攻防を極め、同点のまま、後半の残り時間も半分を切っていた。
手に汗握る試合展開に、私も熱くなり、上着を脱ぎ捨て、立ち上がった状態で、選手に指示を飛ばしていた。
この時間帯での失点は、ゲームの勝敗を決定付けてしまう。
緊張は張り詰め、若い選手の多い、我がチームは、普段ならやらない様なミスを犯し、あわや失点というシーンを繰り返していた。
ここは、一度タイムアウトを取って、選手を落ち着かせねば…。
私は、ポケットに手を入れ颯爽とTカードを取り出…。
あれ?カードがない。
ない。ない。何処にもない。
コーチに預けたかと聞いてもコーチも持っていない。
あれ?あれ?…。

“ピッピー”

ゲームに背を向けてカードを探していたら、嫌な音が耳に飛び込んできた。
案の定、自チームが失点していた。
カードを探すのをやめ、選手に葉っぱをかけて再度、ピッチへと送り出す。

一旦、頭を冷やそうと椅子に座ろうとすると、
脱ぎ捨てた上着が席を占領していた。
邪魔な上着を退けて、腰掛けようとしたその時、上着のポケットから何かが落ちてきた。

あっ!あった…。


私はマジシャンと呼ばれた男。
カードを消して、再び出す事などは造作もない…。
唯、試合の勝敗をカードの様にひっくり返す事は出来なかった。

おわり