サンタの田中さん

早いもので12月も後半に差し掛かり、今年も1年が終わってしまうんだなと少し寂しく感じる。
今年は、いつもと違うクリスマスに残念な思いをしている人も多い事だろう。若い人にとっては折角のクリスマスが…。彼女と一緒にイルミネーションを見てレストランで食事をして、その後は、ラウンジでお酒でも飲んで、そして…てな事が全部頓挫してしまったりと…。

自分が若かった頃、20年以上前、そう2000年のクリスマス。世間では1000年に1度のミレニアムクリスマスだと騒がれた年。大学生だった自分にとってその日は…。

大学生だと言うのに勉強もせず遊び呆け、その資金調達をする為に毎日の様に色んなバイトを掛け持ちでやっていた。クリスマスも平常時と変わらずにピザ屋のバイトをしていた。ミレニアムだからかどうかはわからないが、この日の注文は異常で想定していた量を遥かに超えていた。店はひっちゃかめっちゃかでスタッフもパニック。そんな中、注文はなくならないが、気づけば唯一の社員であった店長が居なくなっていた。
仕方がなく、残ったバイトでなんとか対応して、時計をみたら、後5分でクリスマスが終わりを告げる時刻になっていた。片付けをして、残った男4人で飲みに行く事にした。田舎でこの時間にやっている飲み屋は殆どなかった為、仕方なくもう一つのバイト先であったテナント横のラーメン屋に行く事になった。クリスマスのラーメン屋はガラガラで、自分達が唯一のお客さんとあってか店長も満面の笑みで迎えてくれた。本来は1時迄の営業なので12時を過ぎてからのお客はあまり喜ばしくはない。
ビールを片手にピザ屋の店長の悪口をつまみにして煽るように飲んでいた。30分位経過した時に1人のお客が入ってきた。『開いてる?』…。
田中さんの声だった。田中さんはいつも閉店間際にやってきては、閉店時間が過ぎても管を巻きながら飲んで中々帰らない客さん。自分は田中さんが正直苦手だった。毎回、閉店間際に来るだけでも迷惑なのに、こちらの都合はお構いなしに話し掛けてきて鬱陶しかった。大抵は既に出来上がっていて、締めのラーメンを食べながらチビチビ飲んでから帰る。何処かで飲んで出来上がってから来る為ビールをこぼしたりグラスを落とす事もあってかなり迷惑なお客さんだった。いつもあんな大人にはなりたくないと思っていた…。

たらふく飲んでゲップが出るほど悪口を言って、そろそろお開きにと思った頃、時計の針は2時を指していた。田中さんもいつの間にか帰った様だった。支払いを済ませようとレジへ。この日のバイト代の半分はこの飲み会で飛んでいくなぁと思いながら、『店長、遅くまですいません。いくらですか?』と尋ねたら、ラーメン屋の店長が『お会計なら、田中さんが払ってくれたよ。今度会ったら礼を言っとけよ』と…。

後日、バイト中に例の如く田中さんがやってきた。お礼を言うと『礼を言われても…。酔っ払っててあんま覚えてないんだよな。クリスマスの夜だって言うのに男4人でしけた話してるからサンタさんがプレゼントを置いてったんだろ』といつもの様に、いやいつもよりも赤い顔して照れ臭さそうに答えてくれた。


結局、その日もこぼしたビールを拭かせて貰ったし、帰宅時間は遅くなってしまったが、田中さんが帰る時に初めて心を込めて『ありがとうございました』と言う事ができた。あんな大人には…
まぁ、ああいうのもなしじゃないなと思った。
いつも自転車に乗って来て、帰りはフラフラになりがら自転車を押して帰る田中さんだったが、クリスマスの夜だけはソリに乗って帰ったらしい。

終わり

追記
このエッセイは下記のオタマジャクシさんの記事を読んで、自分もクリスマスの思い出を何か1つと思って書きました。今年のクリスマスはイマイチな思い出になってしまうかも知れませんが、
長い事生きていたら、そんな年もあったなって思い出に変わって行く筈です。だから今年はそんな感じなんで…。
その分、来年以降はいい年になります様に。



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