<SS>感情の遊戯
特殊能力の葛藤
優里は、他人の気持ちを読み取ることができる特殊な能力を持っていた。その能力のため、彼女は小さい頃から周りの人々の真の気持ちを知ってしまい、友人とトラブルになることもあった。彼女は誰かの嘘や裏の感情を知ってしまうと、それを指摘せずにはいられなくなってしまう。このため、「優里は言わなくていいことを言う。口が軽い。信用できない」と言われることが多くなった。
高校生になったある日、彼女の能力はさらなる進化を遂げる。他人の気持ちをただ読み取るだけでなく、それを変えることができるようになったのだ。彼女が相手の感情を操作することによって、喧嘩を解決したり、友人の恋愛を成功させることができるようになった。彼女はその能力を使って、クラスでの人間関係を円滑にし、多くの人々を幸せにすることができた。
しかしその一方で、「優里は変わってる子」と思う友人も増えていった。
高校の休み時間、優里の耳に友人たちの会話が入ってきた。「優里ってやっぱり変わってるよね」という言葉。彼女はその言葉を聞き流していたが、彼女の親友、結衣が言った言葉に耳を傾けた。「優里は本当に良い子だよ。ただ彼女には、私たちが知らない何かがあるんだよ」
その日の放課後、結衣は優里を呼び止めた。「本当のことを教えて。あなたが他人の気持ちを知ってるってこと」
優里は少し驚いたが、深呼吸をしてから結衣に答えた。「うん、本当に他人の気持ちを読み取れるの。でも、それがどれだけ辛いか…」
結衣は首を傾げて、優里の目をじっと見つめた。「それだけじゃないでしょ?最近、あなたの目には何かを隠しているような表情がある」
優里はため息をつき、結衣に告白することにした。「実は、最近、他人の気持ちを変えることができるようになったの」
結衣は驚きの表情を浮かべた。「それって、どういうこと?」
優里は顔を伏せ、「例えば、喧嘩している人たちの気持ちを和らげたり、恋人同士の気持ちを強くしたり。でも、そのたびに、自分の感情が薄れていくの」
「えっ!?」結衣は驚いた。
しばらく沈黙が続いた。
そして結衣は、優里の手を握った。「それなら、一緒に解決しよう」
3つの試練
2人は古代の神社の伝説を知り、感情を取り戻すための冒険に出ることになった。
その伝説によれば、神社の奥にある「心の泉」という池が、失われた感情を取り戻す力を持っていると言われていた。しかし、その泉にたどり着くためには、3つの試練を乗り越えなければならない。
1つ目の試練:「過去の影」
優里は自分の過去の出来事、特に感情を読み取ったことで起こった悲しい事件や痛い思い出と直面する必要があった。彼女は、かつての友人との間の誤解を思い出した。
優里は、その試練の空間で、中学生の頃の自分と同級生の明美を目の前に見ることになった。明美は、優里の親友で、2人は秘密を共有するほどの仲良しだった。しかし、ある日、優里は自分の能力で明美の本当の気持ちを知ってしまう。明美は、優里が自分の秘密を他のクラスメイトに話したと誤解しており、そのことで胸の内に強い怒りと裏切り感を持っていたことが明らかになった。
優里は明美の秘密を誰にも話していなかった。しかし、優里がその事実を明美に伝える前に、明美は学校を突然転校してしまい、2人はそれ以降連絡を取ることなく、時間が経過していった。
この試練の空間で、優里は再び明美と向き合い、誤解が生まれた真相を話し、謝罪の言葉を伝えた。そのとき、明美の姿は微笑んで消えていった。そして、優里はその場にひとり涙を流し、過去の痛みから解放されることができた。
この経験を通じて、優里は自分の能力に対する恐れや疑念を捨て、誤解や未解決の過去の問題を乗り越えることで、自分自身をより強くすることができると実感した。優里はひとつめの試練を乗り越えた。
2つ目の試練:「未来の恐怖」
優里は自分の未来の姿、能力を使いすぎて完全に感情を失った自分の姿を目の当たりにした。
試練の空間は、優里が現在住んでいる部屋とそっくりな場所に変わった。しかし、外の景色は荒れ果て、世界が終焉を迎えたかのように静寂に包まれていた。部屋の中央に立つ鏡の中には、彼女自身の未来の姿が映し出されていた。その姿は、感情を完全に失い、空虚な目をした老婆であった。
「これが、あなたの未来よ。このまま人々の感情を読み続けると、自分自身の感情が枯渇し、孤独な老女として過ごすことになるの」という声が響く。彼女は、その未来の姿を前に絶望と恐怖で震えていた。
しかし、結衣が彼女の手を握り、「優里、これは未来の一つの可能性に過ぎない。今この瞬間の選択で、未来は変わることができる」と励ましてくれた。
結衣の言葉に勇気づけられ、優里は未来の自分に向かって歩みを進めた。彼女は鏡の前で深呼吸し、自分の中の恐怖と向き合うことを選んだ。「私は、この未来を変えることができる。自分の感情も、他者の感情も大切にして、こんな未来は迎えない」と心に誓った。その瞬間、老婆の姿は若返り、彼女の中の強い意志と決意が反映されるように、未来の姿が明るく、希望に満ちていた。
優里の決意によって、試練の空間は再び変わり、彼女は結衣の隣に戻っていた。
3つ目の試練:「現在の真実」
優里は自分の内面と直面し、真の自分を受け入れる必要があった。彼女は自分の能力を否定することなく、それを受け入れ、それをコントロールする方法を見つけることを決意した。
試練の場所は一見すると、何もない白い空間であった。しかし、ゆっくりとその空間には優里のこれまでの記憶や経験が浮かび上がり始めた。中でも、彼女が能力を使って他者の感情を読み取った時の出来事や、その能力が原因で他者との関係に亀裂が生じた瞬間が鮮明に映し出されていた。
優里は自分の過去の行動や選択に対する罪悪感や後悔に苛まれた。しかし、その中で結衣の姿も見えた。結衣は、優里の能力に驚いたり、拒絶したりすることなく、優里を受け入れて支えてくれていた。
「優里、あなたの能力はあなたの一部。それを否定することは、自分自身を否定すること。真の自分を受け入れることで、あなたの能力もコントロールできるようになる」結衣の声が優里の心に響いた。
優里は深く呼吸をし、中心に立って自分の過去の記憶や経験、そしてそれに対する感情を一つひとつ向き合い始めた。彼女は自分の能力を持つことの責任と、それによって生じる様々な感情を受け入れ、それらをバランスよくコントロールする方法を模索した。
彼女が最終的にたどり着いた結論は、「自分の感情や能力を否定せず、それを受け入れ、理解し、適切に使うこと」であった。優里は、自分自身の全てを受け入れる強さを持ち、試練の空間は再び変わり、彼女は結衣の隣に戻っていた。
失われた感情の復活
3つの試練を乗り越えた優里は、ついに「心の泉」にたどり着いた。泉の水を飲むと、彼女の体に暖かい感覚が広がり、失われていた感情が戻ってきたのを感じた。
結衣は優里の横で、彼女が再び笑顔を取り戻すのを見守っていた。そして、2人は手を取り合って神社を後にした。
結衣は優里に微笑んで言った。「感情って、本当に大切だね」
優里は涙を流しながら答えた。「ありがとう、結衣。あなたと共に感じられるこの感情が、私の一番の宝物だよ」
新たな日常へ
その後、優里は平和な高校生活を送れるようになった。
もちろん、彼女には特殊な能力が残っていた。他人の真の感情を察知し、またそれを変えることができる。だけど、優里はその力を使わなくなった。たとえ、クラスメートの特定の感情を察知しても、その感情が他の生徒に影響するかもしれないと知っていても、彼女は介入しなかった。
「私の気持ちは私のもの。他人の気持ちは彼らのもの。私と他人は別々の存在。だから、誰かの感情を知っても、それはその人のもの。干渉はしない」と、彼女は自分に言い聞かせた。この能力に対する過度な反応や嫌悪感もやめた。彼女はシンプルに「また感じてしまったけど、それも私の一部」と考えるようになった。
そうして日々を過ごすうちに、優里の特殊な能力は次第に薄れていった。
そして、ある日、彼女の能力は完全に消えてしまった。
新たな日常が優里の前に広がっていた。