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[ちょっとしたエッセイ]逆巻く波間の小舟の上で1000年

 実は直前まで躊躇していた。人混みは嫌いじゃないんだけど、どうも…というテンションだった。 半袖を着ようか、長袖にしようか、そんな迷いもあったからかもしれない。ただ、これまでもそうやって何度も、言い訳ばかり並べて実現していなかったのだから、今回は…と重い体を引きずった。
 
 東京の湾岸は強烈な暑さだった。普段は、内勤ばかりで外気から逃れた生活を送っているわけだが、こういう休みの日の外出ほど、体に負荷がかかる。車窓から見える東京湾。夏のようなキラキラした水面は、目を眩しくさせた。

 駅から出ると、流れる人並みに紛れて、会場に入った。むし蒸し暑さと酸素の薄さに、少しやられた。できるだけ、人の流れから離れ、壁際の隅で、会場マップを見ていたのだが、あまりにもブースが多いので、諦めて端から見ていくことにした。石の上にも3年、逆巻く波間の小舟の上に1000年。これまで何度も、こういう機会から気持ちよく帰れたためしがない。人は嫌いじゃないのに、案外上手く付き合えない、関われないできた。だから、結構な大冒険とは言い過ぎだけど、そこそこの勇気を胸にやってきた。
 
 人の作るものが見たい、それは自分も何かを作りたいという裏返しで、漠然と、ここ10年くらいは、思考のテキスト化をしてきた。そして、そろそろ何かの形にしたいなと思っていたので、改めて人が作るものを見たいと思ったのである。
 見るブース見るブース、それぞれの印刷物であふれていた。心が躍る反面、どうしても早足になってしまう。それは、なんとも恥ずかしい話だが、作者と直接話すということが苦手で、でも印刷物はじっくりと見たい。そうなると、声をかけられない程度のスピードで、歩きながら会釈と目視をするのがストレスないのだが、そんな自分でも受け入れてもらえる、無人のブースや声をかけないでくれる作者のブースに立ち寄りながら、なんとか全体を駆け巡った。
 額に汗をかきながら、会場の外を出ると、正面に二つの建物が聳え、中央に敷かれたアスファルトの道には、貨物トラックが何台も走っては消えていく。家から持ってきたペットボトルのお茶はとてもぬるくなっていた。

 文学フリマ。いわゆるフリーマーケットとは圧倒的に熱量が違う。僕は、コミケのような類のイベントに行ったことがなかったので、作り手と買い手のマッチアップは少々見ものだった。ただ、どうしても性格的に対等になれない僕は、作家さんは見えない世界の人で、手に取るだけでよくって、会話するにはあまり情報が少ないので、何を尋ねていいかわからないし、失礼ではないかと思ってしまう。仕事でもそうだ。相手をリスペクトしすぎて、受け身でしか会話ができない時がある。これは一種の病気かもしれない。
 本作りが面白くて、出版社で仕事をしている割に、案外自分では何もできないなと、少々やさぐれている時に、出会った小さな出版社のTwitterアカウント。その中の人が本日出展するとつぶやいていたた。
 出会いと言っても実際に会ったことはなかったし、どんな人かも知らなかったけれど、Twitterとnoteを読んでいると、どこか自分と似ている部分があるようなないような、そしてなにより僕より一歩前を右往左往しながら、なんとか進んでいる人が、どんな人なのか直接見てみたいと思った。
 
 真っ白な天井と壁。髪の長い青年との会話は、ほんの数秒だった。でも、僕にとっては十分だった。
 この小さな出版社の新刊は、思った以上にずっしりと僕の手にのしかかった。まだ開いていないふんわりとした紙の質感、めくったら香るだろうインクの匂い。いいなと思った。
 自主制作とかでも全然いいから、まずは自分でも作ってみよう。さて、どんな本を作ろうか。本でもなく紙っぺらでもいいかもしれない。

 「もうだめだ 死にたい このままだとすべてがだめになる でも就職もできないし 学歴もないし資格もないし頭もよくないし もういいや どうせならいちばんやってみたかったことやろう 本つくろう 死ぬにしてもつくりたい本を全部つくってから死のう」

 これは、この小さな出版社の最初のnote記事だ。この時からずっと僕は勝手に見守り続けている。僕は弱い人間で、やっぱりまだ弱いままで、でもこの一文を読んでいると、月並みだけれど、もう少しがんばってみようかなという気持ちにさせられる。ありがとう、点滅社さん(noteTwitter)。これからも応援しています。

 ある意味で、さまざまな人種が集まる文学フリマ。これだけ大きな規模のイベントは、面白いけれど、人見知りの僕にはなかなか疲れた。帰りのモノレールで、ペラペラと買った本をめくりながら、あの熱気を思い出す。届ける人の夢は、なんともこちらの背中を押してくれるような気がした。明日は月曜日。また、いつもの1週間がはじまる。でも、僕に取って「いつも」のかもしれないが、誰かにとっては特別な1週間かもしれない。そういう寄り添いが、数珠繋ぎのように広がるのかもしれないね。今度行く時は、誰か一緒に行ってくれる人を探そうかな。

『逆巻く波間の小舟でさらに1000年。ジョークのつもりが本当に降りれない。制御不可能で自爆もままならず。徹尾徹頭非合理な現実よ』

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