40.統率力すなわち人望
今日は、noteを書くためのような状況があった。
私がチームの指揮を取ったのだ。
これまでキャプテンをやったことのない私が、チームを回すことが出来るのかと思いながらも、練習は始まった。
機械的にこなす部分で伝え忘れなどは少なかった。
だが、動作を教えるタイミングや大多数に話しかける時に、私なりの改善点は多く出た。
練習後に、他人から評価をしてもらうと、おおかた評価は高かったのだが、自分の中では改善点が次から次にと湧いて出てくる。
話しながら考える事が達者ではないという事象は、後の回で書くとして、ここから私の言葉の影響力について少し書きたい。
どんな練習にも"間"は存在する。
多くはメニューの間に現れる。
その"間"が入ると、練習のテンポが遅くなり、士気が下がる。
まさに"魔"が差したと言える。
そのような時に私は、次の練習のメニューを全体に伝える。
ここで重要になってくるのは私の人望である。
人望あるリーダーのいるチームは、"魔"が差すことが圧倒的に少ない。
リーダーを追いかけてくるからだ。リーダーが何かを指示すれば、スムーズに事が運ぶ。
このような現象が私の指揮で起きていたかといえば、そうではない。少し"間"があってから動き出す事も多くあった。
私はもう少し人望が欲しい。
タイトルでも書いたように、統率力とは即ち人望である。
笑顔ばかりを見せている先輩に後輩はついてこない。
時には威厳があり、時には迫力のある人間でなければ、人望を獲得することは難しい。
現状の私は、笑顔の多い優しい先輩な気がする。
もうすぐチームを牽引する学年になるのに、このままではチームにとっても、私にとっても不利益だ。
もう少し、チームのために犠牲になる精神も鍛えていきたい。
また、堂に入った姿を振る舞う事も大切だ。
焦りを見せてはいけない。焦りはミスを生み、他人の不安を煽ることになる。
だから堂に入った振る舞いが大切なのだ。
その振る舞いは、仮にも統率力を得ることになる。
それでも、真に人望ある人間になることに越したことはない。
他人は私生活、言葉遣い、礼儀、行儀という全てを見ている。
またそれらが人望の全てを形成する。
真に人望がある人間になるためにも、日常を見つめ直し、行動を改めていきたいものである。
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