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カルピスと仏教

 ものごとの真骨頂を表現する言葉に、「醍醐味」という言葉がある。

この醍醐というのは、牛乳を精製したときにできる乳製品のうちで、最後に出てくる最上の味のものを指す。

 牛乳には5種の味があるという。これを五味という。これは時が経つと変化して、だんだんと味が深まる。大乗経典の『涅槃教』では、牛乳を精製すると、その味は次第に、乳味→酪味→生酥味→熟酥味→醍醐味と変化するとし、第5番目の醍醐味が最高の味であるとする。そして、その最高の境地を涅槃にたとえる。天台宗では、最高の教えである法華涅槃時を醍醐味に例えている。醍醐の原語はサンスクリット語の「マンダ」であるといわれる。

 ただ、この五味の実体はどんなものかはっきりしない。例えば、現在インド料理で使われている「ギー」というバター状の乳脂の原語であるサンスクリット語の「グリタ」が「酥」と漢訳されたり、「酪」と漢訳されたりしている。こうなると、一体何が「酥」で、何が「酪」か、わからなくなってしまう。

一応の基準とされる『翻訳名義大集』によれば、乳製品の訳は次のようになっている。

グリタ:酥油
サルピス・マンダ:醍醐
ナヴァ・ニータ:酥油
クシーラ:乳
ダディ:酪

榊亮三郎編(1998)

 すなわち、これによれば「醍醐」の原語はサルピス・マンダであることになる。サルピスだけでも「醍醐」と漢訳されていることもある。日本の乳酸飲料のカルピスの名称はこのサルピスに由来するといわれている。

乳製品の漢訳が混乱しているのは、訳経者たちが実際のインドの乳製品について知らなかったせいであろう。だから、乳製品の名前が出てくると、「酪」とか「酥」とか、適当に訳しておいたのだろう。

ヴァラーハミヒラ(6世紀)の百科全書的な占星学書『ブリハット・サンヒター』には、六種の乳製品名があげられている。

  1. 「ダディ」:ヨーグルト状の乳製品で、カード(curd)と英訳される。現在「ダヒ」とよばれる

  2. 「タクラ」:四分の一、あるいは二分の一の水をまぜたバター・ミルク

  3. 「マティタ」:水をまぜないバター・ミルク

  4. 「ナヴァ・ニータ」:ダディを攪乳した後で抽出されるフレッシュ・バター

  5. 「グリタ」:ダディを攪乳してできるクラリファイド・バター(clarified butter)。米飯をいためるときなどに用いる。つまり、現在のギーにあたるもの。

  6. 「パヤハ・サルピス」:新鮮な牛乳から作られるバター。やはりいため物に用いる

以上の六種の乳製品のうち、2と3を除いたものが五味に相当する。「パヤハ・サルピス」あるいは「サルピル・マンダ」が醍醐の原語であるようだが、それは現在のカルピスとはことなり、バター状のものだったらしい。

(参考文献)
1. 榊亮三郎編『翻訳名義大集:梵蔵漢和四訳対校』臨川書店、1998年。

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