なぜ、アートは難しいのか?
「デザイン、エンジニアリングに比べて、アートの教育は難しい」
これはデジタルハリウッド大学大学院の木原民雄教授の授業「デジタルコンテンツの理論と実務の架橋」の中で話されていたことだ。
振り返ると自分のこれまでにも当てはまる。
20代のころは目の前の現実を追うことがひたすら楽しかった。
30代になると20代のやり方は通用しないという現実にぶつかった。
40代になると物事の根底に興味が移り、ようやく学ぶことの意味が分かってきた。
仕事の多くは「不の解消」であり、自分が関わってきた仕事でいうと顧客企業様の「認知を上げたい」「リードを取りたい」「来場者数をあげたい」「獲得率を上げたい」というように、課題がある程度明確であり、流行のキャッチアップや変化のスピードがモノをいう世界ともいえた。そのような仕事が全てではないにしても、多くの場合、アートやサイエンスの出番はどちらかというと少なく、デザインとエンジニアリングのウェイトが高いように思えた。
30代になると流行や変化のスピードに対して疑問を覚え始めてきた。表層的なところにワクワクしなくなってしまった自分、流行への熱量では20代にとてもかなわないという現実にぶつかった。
40代になると、世の中には「変化するもの」と「普遍的なもの」があることに気付き「そこに人間が存在する」という共通点に興味がでた。「どうすれば人は感動するのか」「幸せとは何なのか」――答えの見えない中、より良い体験を追求するために今まで向き合ってこなかった世界に触れたいと思い、大学院にも通い始めた。アートやサイエンスとは、いうなれば未知との対話であり、40代になって初めて必要性に気づき、自分事として取り組めるようになった。
デザインとエンジニアリングは課題や動機が外から訪れる。一方、アートとサイエンスは内発的動機がもとになる。知識以前に「動機のデザイン」が必要だからアートとサイエンスは教えるのも学ぶのも難しい。
今後の人生で私がやりたいことは三点ある。一点目は自分自身がアートやサイエンスを自分事化していくこと。二点目は未知との対話の楽しさを多くの方に知ってもらうこと。三点目はチャレンジしやすい世の中をつくることだ。
理論がないからこそ、実践を積み重ねて答えを探していきたい。
image by: DALL-E3