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目的はなんだ?
最近、知らない番号からの電話多くないですか?
着信があって、ネットで検索すると、たいていはセールスの電話のようなので、出なくてよかった。となるのですけれど、バタバタしていると、それさえせず、必要ならまたかかってくるでしょうと、そのままになってしまいます。
知らなかったのですけれど、iPhoneがバージョンアップして、なんと、留守番電話のメッセージを自動的に文字起こししてくれるようになったのですね。
これはとても助かる機能!
それに気づいたのは、先週の夕方、仕事の合間にふと見たスマホに、留守番電話にメッセージがあると表示されたからでした。
『ツムギさんの携帯電話に連絡しています。こちら、◯◯警察署です』
え?何?新手の詐欺??
物騒な事件が続いているので警戒心が強くなっている私は、着信履歴の番号を調べました。
末尾0110のその番号は間違いなく、◯◯警察署のホームページが表示されました。
ツムギの、ICカードが警察署に届いていたのです。
着信履歴を追ってみると、一週間前にも一度連絡をいただいていたようなのですが、その時にはメッセージが残っていなかったので、他の知らない番号の着信の中に埋もれてしまっていたようでした。
確かに、その週末、私はツムギと出かけました。
最後に最寄駅までバスで移動したので、恐らくその車内で落としてしまったのでしょう。
留守電を読んだ日、たまたま仕事帰りに夫が車で私をピックアップしてくれたので、その話をしながら帰りました。
「管理責任ということで言えば、最終的にICカードを預かって所定の場所にしまうのは私だから、戻ってきていなければ返してって言わなかった私も悪いんだけどさぁ」
「まぁでも、一週間以上落としたことに気づいていないとしたら、それはツムギの注意力がなさ過ぎるよ。
それか、無くしたことに気づいているけど、言い出せないって可能性もあるしね」
そうだよねぇ。
ICカードをどこまで大切な物と認識しているか、そこだよねぇ。
とりあえず、先に玄関を開けた私は、ツムギに声をかけました。
「ツムギちゃん、ICカードどうした?」
慌てて部屋に戻って探しているところを見ると、いつもの通り、大切な物として管理しなくてはという意識はなかったのでしょう。
「なーい!」
悪びれず報告にきたツムギに、次の質問をしました。
「最後に使ったのはいつ?」
「え?知らない」
「知らないじゃなくってさ、思い出す努力をしてよ」
「思い出せないよ!」
もう、ツムギは不機嫌です。
「ツムギちゃん、それは無責任過ぎるよ。中学生になるときに、これからは、金額の管理とかは自分でやるようにしてねって言ったでしょう?大切な物の管理ができるようになったと思うから、それをお願いしたのよ」
「だから、金額は管理してるじゃん!あるかないかの管理をしろなんて言ってないじゃん!」
「今日ね、◯◯警察署から電話があったのよ」
言い争っても仕方ないので、私はICカードが落とし物で届いているようだということを話しました。
「なんでわかってたのに探させたんだよ!最初からそれを言えばいいじゃん!ケイトの言い方が悪いんだよ!試すようなことするなよ!」
ツムギは怒りを露わにすると、いつものように部屋に戻ってしまいました。
試されたと思って腹が立ったなら謝るけれど、そんなに怒らなきゃ気が済まないの??
結局、父親に諭されるまでの4〜5日、ツムギはまた私たちとは口をきかず、キッチンにある食材をコソコソ食べる日々を送っていました。
目的はなんなのだろう?
何回も繰り返すこのやり方で、ツムギは何をしようとしているのだろう?
どんな態度を取っても見捨てられないかを伺う試し行動の続きなのだろうか?
だとしたら、試すようなことをしているのは、自分の方ではないか。
父親に促されて、用意していた台詞のようなお詫びを、その日はすぐには受け入れませんでした。
ツムギはICカードをなくしたことについて謝っていたからです。
「ツムギちゃん、最初に言ったけれど、私はICカードを落としたことは怒っていないよ。
次にまた同じように落とし物をしないために、今まで注意していたことを守っていなかったことについては改めてほしいと思っているけれど。
そして、本当に考えてほしいことは、こうやって部屋に籠る態度をそろそろやめないか?ってこと」
「わかりました。今度から、怒りのスイッチが入らないように、相手の言うことをよく考えてから言葉を口にします」
「それも大切なことだね。そうできるように心がけてほしいし、そこまで成長してくれたら嬉しいよ。
でも、急にできるかな?
相手の言葉にカッとなってしまうことは、大人でもあるから、完全に入り口で防ぐのは難しいんじゃないかな?
ツムギちゃんは、プイってスイッチが入った後、どんな気持ちで過ごしているの?」
「またか。最悪!」
「それだけ?一人でコソコソご飯を食べているときに、虚しかったり、侘しかったり、恥ずかしかったりしない?」
「むなしいって何?」
ああ、そうかー。
ツムギにはまだ虚しさがないのかー。
「一人で白米と納豆を食べてる姿をお友達に見られたら恥ずかしいって思わない?」
「恥ずかしい。何やってんだろう?ツムギバカだなぁって思う」
「そうでしょう?それと、謝るまでとは言わず、挨拶をするとか、話しかけるとか、それを比べても、そっちの方が楽だからって選ぶツムギちゃんのことが、私はやっぱり理解ができないなぁ」
話始めは、父親に言われたから渋々…というポーズを崩さなかったツムギも、この頃にはいつもの優しい顔のツムギに戻っていました。
「ツムギちゃんには、問題を自分の力で解決できるようになってほしいのよ。
ICカードがなくて困るのはツムギちゃんだし、そうやって意地を張っていたって、私は代わりに取りに行ってあげたりはしないよ。
もし、行くとしたら、ツムギちゃんのためや、お金が惜しくてじゃなくて、せっかく拾って交番に届けてくれた人、ICカードの連絡先を調べて、電話をかけてくれた警察官の人に申し訳ないって思うからだな」
「えー?ツムギが行かなきゃいけないの?勇気がないよ!」
保管期限も迫っている中、放課後自分で取りに行くよう話すのにも、一時間ぐらい時間を必要としたけれど、今日、無事にICカードが返ってきたと報告がありました。
今回の一件で、久しぶりに本棚から手に取った一冊の本をツムギに渡してみることにしました。
イラストが可愛いので、ツムギも興味を持ってページをめくっていきます。
「この本、もし気に入ったならツムギちゃんに差し上げます。これから大人になるまでの間に、何度でも読んでみて。その時々によって、心に響く言葉に出会えると思うよ」
しばらく夢中になって読んでいたツムギに、何か新しい発見はあった?と聞くと、答えは「全部!」
その中でも、
「自分と親の課題を分離して考えること」
「『同情』と『共感』は別のものであること」
などが印象に残ったようでした。
結局、ツムギがスイッチを入れて引きこもってしまう真の目的はわからなかったけれど、「目的はなんだ?」と冷静に観察と分析を繰り返して、彼女を理解していこうとすることは、無駄にはならないのだろうと思いました。