2つのハードボイルドを味わう
ハードボイルドと聞いて何を思い浮かべるだろうか?僕はゴルゴ13がパッと思い浮かんだ。では、ハードボイルドを説明してくださいと言われたらどうだろうか。言葉に詰まる。ダンディ、クール、殺し屋?何となくのイメージは想像できる。でも、それが正しいかどうかは分からない。パッと思い浮かんだゴルゴ13についても、実は読んだことはなく、ただのイメージに過ぎない。
こんなことを考えるようになったのには理由がある。ある人が薦めていた本が、ハードボイルド小説だったからだ。その本はレイモンド・チャンドラー著のロング・グッドバイである。
書く力を上げるには、読む量が圧倒的に足りないと最近痛感していた。だから色んな本を読もうと思って手に取ったのがこの本だ。
ロング・グッドバイは、探偵フィリップ・マーロウを主人公にした長編シリーズの1つだ。ハードボイルド小説の代表的な作品とも言われている。日本語訳は、清水俊二、村上春樹、田口俊樹の3人に訳されていることからも、人気の高さが伺える。
この本を読んだ僕の率直な感想は、いつまでも読んでいられる小説だと思った。この小説はとにかく長い。村上春樹訳の電子書籍は600ページ以上あった。それにもかかわらず、飽きが来ずに読んでいられた。
この本はマーロウの一人称で話が進んでいくが、同時に客観的にも描かれている。また、視覚に訴える描写もすごく丁寧だ。例えば、人物の外見はとても細かく描かれている。それはマーロウの目に写った描写だ。だから、僕はマーロウの目を通して、マーロウの日常を垣間見ているような感覚になった。
普段、僕が推理小説を読む時は、結末が気になってページをめくる手が止まらないことが多い。ところが本作に至っては、早く先を読みたいという欲はあまり湧かず、気づいたら事件の真相に近づいていった。それはマーロウや登場人物との会話から見える人間性が面白かったからである。ホームズやポアロが登場する謎解きや推理を楽しむ推理小説とは違った印象を受けた。とはいえ、推理小説として決しておもしろくないことはなく、人間性を丁寧に描いているからこそ、クライマックスのシーンに対して、より感傷的な気持ちになれたのだと思う。
さて、肝心のハードボイルドだが、読んだだけではよく分からなかったので、手元の辞書を引いてみた(ほんとは読む前にやるべきだが…)。
ロング・グッドバイのハードボイルドは②の意味だ。なお、ゴルゴ13は少しお門違いな気はする。僕は、冷徹なスナイパー、ダンディあたりのイメージをハードボイルドと結びつけていたのだろう。マーロウが非情かと言われると、個人的にはそこまで冷たい印象は受けなかったが、感情に流されることなく自分のスタンスを持っていた。「①の手法を応用し」というのは言われてみれば当たっている。
こうなると①の手法の本も気になった。そこで、ハードボイルドの手法を確立したと言われるヘミングウェイ著の「老人と海」を読んでみた。
「老人と海」はヘミングウェイの代表作の1つである。ヘミングウェイの後期の作品であり、この作品発表の2年後にヘミングウェイはノーベル文学賞を受賞した。
この本は、推理小説でもなければ、非情な探偵も出てこない。ひたすら、老人と魚の格闘が描かれている。ヘミングウェイに特徴的と言われる短文で簡潔な文体で描かれている。そこに意識して読んでみると面白い。無駄を削ぎ落としているのに、伝わる文章である。接続詞も極力書いてないようにも見受けられる。ヘミングウェイが確立した文体は、多くの作家に影響を与え、レイモンド・チャンドラーもその一人だ。
作品全体通して、大きな展開があるわけでも、どんでん返しの結末も待っていない。でも、老人の人間性にグッと入り込み、読んだ後の読後感は清々しい気持ちになる。この本もゆっくりと味わうための本という印象を受けた。
2つのハードボイルドと言われる作品を読んでみて、どちらもゆっくり味わうことが醍醐味の作品だと僕は感じた。例えば、推理小説を読む時は、どうしても犯人や推理に気を取られがちである。また、ストーリーに起伏がある作品やどんでん返しの結末の作品はエンターテイメント性があって面白い。ただ、そのような作品だけでなく、読むこと自体や登場人物の人間性を楽しむ作品をゆっくり味わう。僕は、今までそうゆう読書の楽しみ方をほとんどしたことがなかった。まだまだ読書について何も知らないと思い知らされながらも、読書の深さにワクワクさせられる2冊であった。
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