雑誌『教育と医学』(2024年3・4月号)「特集にあたって」「編集後記」公開
雑誌『教育と医学』の最新号、2024年3・4号が、2月27日に発売されました。今号の特集は、特集「発達障害のグレーゾーンの子どもたち──その理解と支援」です。
最近、発達障害をめぐっては、厳密には自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠如多動症(ADHD)などの医学的診断基準を満たさないが困難や苦痛を抱えている子どもたちへの対応が注目されています。本特集では、発達障害のグレーゾーンと呼ばれる子どもたちの理解と支援を通して、ひとりひとりの子どもたちの個性に応じた育ちと学びの環境のあり方を考える機会とします。(責任編集:黒木俊秀[九州大学大学院人間環境学研究院教授])
「特集にあたって」と、「編集後記」を公開します。ぜひご一読ください。
●特集にあたって
グレーゾーンへの注目がもたらすもの
黒木俊秀
2022年に文部科学省が発表した全国の公立小中高校の通常学級に在籍する児童生徒を対象にした調査結果によれば、「知的発達に遅れはないものの学習面または行動面で著しい困難を示す」とされた小・中学生の割合は、8.8%であり、前回2012年の調査よりも2.3ポイント増えていた。
実は、最近の教育現場で発達障害の可能性があるとされる子どもたちは、厳密には自閉スペクトラム症や注意欠如多動症などの医学的診断基準を満たさないことが少なくない。そのような事例は「グレーゾーン発達障害」と呼ばれることが多いが、正式な診断名ではない。とはいえ、グレーゾーンの子どもたちが抱えている困難や苦痛が軽いというわけでは決してない。
本特集では、発達障害のグレーゾーンと呼ばれる子どもたちの理解と支援を通して、ひとりひとりの子どもたちの個性に応じた育ちと学びのあり方を考えてみたい。
児童精神科医の青木省三は、「発達障害は『ある』『なし』で分けられるのか」「病気から見るか、『健康』から見るか」「『普通』『定型発達』とは何か」といった問いを投げかけ、「人は皆、グレーゾーン」と考えると、多様な人が生きやすい街や社会を目指すことができるのではないかという。
一方、わが国の発達障害研究の第一人者である神尾陽子は、発達障害の診断基準を満たさない状態を指す診断閾下の子どもたちには、情緒や行為の問題、すなわち、メンタルヘルスの問題が高率に併存することを指摘し、それらの子どもたちの支援を発達障害の観点のみから考えて、発達支援と一括りするのは適切ではないと警告する。
冒頭に述べた文部科学省の調査を実施した加藤典子は、2012年の調査と単純に比較はできないものの、学習面または行動面で著しい困難を占めるとされた児童生徒数の割合が増えていることについて、通常の学級の担任を含む教師や保護者の特別支援教育に関する理解が進み︑それまで見過ごされてきた困難のある子どもたちに、より目を向けることができるようになったと考えられるという。しかしながら、特別な教育的支援を必要としている児童生徒にとって必ずしも十分な支援の状況となっているとは言い切れず、校内委員会等の検討や個別の教育支援計画の作成・活用を進めるなど、学校組織全体の取り組みとしてさらに進めてゆく必要がある。
支援については、小児科医の成田奈緒子は、ペアレンティングによって「子どもの脳を育て直す」試みとして、ブレない生活習慣の確立や調和がとれたコミュニケーションを行う、大人と子どもがお互いに楽しみあう雰囲気を作ることなどの家庭生活の改善を推奨する。一方、公認心理師の大石英史は、大人の都合により子どもたちを分け隔てる支援ではなく、子ども自らが経験から学ぶことを保証する支援へと変わってゆかなければならないと提言する。また細川美由紀は、グレーゾーンの大学生の多様な困り感に対応した窓口が複数用意されることにより、支援を受けることのハードルを下げることを提唱する。さらに発達支援コンサルタントの小嶋悠紀は、グレーゾーンを含むすべての子どもたちを対象にした「特別支援教育のベーシック」として「教えて→ほめる」等のポイントをわかりやすく教えている。
以上のように、グレーゾーンの子どもたちへの注目は、大人が子育てや教育のあり方を省みることに寄与している。
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●編集後記
本号では、発達障害の「グレーゾーン」にあたると言われる子どもたちの理解と支援につき特集した。
1943年にアメリカの児童精神科医レオ・カナーが行った症例報告にはじまって自閉症概念は徐々に裾野を広げ、2013年のDSM-5では自閉スペクトラム症となった。「スペクトラム」ということは、中核的な自閉症から定型発達までを連続的に捉えるということである。その結果、どの地点で「定型発達」が終わって「自閉スペクトラム症」が始まるのかはまったく不透明となった。
しかしながらその一方、例えば教育現場において合理的配慮のようなかたちで支援を受けられるか否かは、診断名の有無によって決まる。つまり支援の在り方はスペクトラルではなくカテゴリカルなのである。結果として「支援が必要であるにもかかわらずそこからとりこぼされた」とされる人たちが必ず出てくる。そこに、「グレーゾーン」という言葉で名指されている一連の問題がある。
このようなものとしてのグレーゾーン問題を乗り越えるには、本特集の複数の論文で論じられているとおり、カテゴリカルなかたちの支援のみならず、ユニバーサル・デザイン型の支援を増やしてゆくことが必要と考えられる。例えば「全ての子どもに対して1つの学び方のみではなく、学び方に関するオプションが複数提供されること」である(細川論文)。
また、これと一部重なるが、「グレーゾーン」と「障害」との連続性ではなく、「グレーゾーン」と「健常」との連続性の方に注目しながら、ごく日常的な範囲でできるさまざまな援助──特別な介入や治療ではなく──を、しっかり行ってゆくことも重要である。家庭や学校ですぐにも実践できるこうした援助に関する具体的助言も、本特集には多く含まれている。
本号の内容が、発達障害のグレーゾーンにあたるとされる一人でも多くの子どもの支援へとつながってゆくことを、心から願っている。
蓮澤 優(九州大学キャンパスライフ・健康支援センター准教授)
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