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雑誌『教育と医学』(2020年3・4月号) 「特集にあたって」「編集後記」公開


 雑誌『教育と医学』の最新号、2021年3・4月号が、2月27日に発売されました。今号の特集は、「子どもの安全・安心を支える」です。「特集にあたって」と、「編集後記」を公開します。ぜひご一読ください。

特集 子どもの安全・安心を支える
 特集にあたって 安全・安心な教育、生活環境とは | 黒木俊秀
 学校の安全・安心をどう守るか | 元兼正浩
 コロナ禍における子どもの暮らしの安全・安心――発達心理学から見る子どもへの関わり | 清水由紀
 アフターコロナ時代の子どもたちへ――リスクベースで考える安全安心社会への転換をめざして | 杉原健治・水流聡子
 子どもから見た学校の安全・安心――いじめへの毅然とした対応 | 吉田圭吾
 子どもの心身の健康 | 藤田一郎
 保育における安全と安心――保育者と保護者の見方や考え方の違い | 田村佳世


特集にあたって

安全・安心な教育、生活環境とは

黒木俊秀

 昨年(2020年)来、全世界は新型コロナウイルス感染症の脅威にさらされ、子どもたちの生活も深刻な危機に見舞われている。日本を含む多くの国々で一斉休校の措置がなされ、一時は世界中のほとんどの子どもたちが教育を受ける機会を奪われた。それ以外にも、卒業式や入学式、運動会、修学旅行など、主要な学校行事が中止、ないしは規模縮小となり、子どもたちはこれまで経験したことのない学校生活を送っている。

 今般のコロナ禍は、子どもたちの安全・安心な生活環境について改めて考える機会を与えた。例えば、マスクの着用や手洗いが習慣化したおかげで、インフルエンザをはじめ、例年猛威を振るう一般の感染症の流行はほとんど抑えられたようだ。一方、休校や外出自粛のメリットとデメリットについては子どもの安全・安心の観点から様々な意見がある。生活環境の大きな変化は、大人のみならず子どもの心身にもストレスを与え、その心理的支援が求められているが、そもそもコロナ禍以前より潜在してきた問題が改めて浮き彫りになったものもある。そこで今回の特集は、コロナ禍が過ぎても、子どもたちが安心して学び、健やかに成長していけるような安全な教育と生活環境について考えてみたい。

 まず、教育学者の元兼正浩は、安全と安心、そしてリスクと危険を峻別することを提案し、100%の安全な教育、あるいはリスク・ゼロを求めるのは、教育に対する主体的な関わりを失わせる危険なものであると指摘する。その視点から昨年二月以降の新型コロナ感染症拡大に対するわが国の教育界のリスク予測と危機対応を振り返ると、子どもの安全・安心をいかにとらえるべきかが示唆されるだろう。

 安全工学を研究する杉原健治と水流聡子も、安全とは許容できるリスクしかない状態をいうのであり、決してリスク・ゼロではないと指摘する。そして、コロナ禍を機に一人ひとりが物事をリスクベースで考え、リスクアセスメントを行える社会に転換すべきであるという。

 実際、田村佳世が報告する保育現場における子どもの安全・安心をめぐる保育者と保護者の考え方のギャップは、元兼と杉原らの指摘と提言を裏付けるものであろう。

 さらに、発達心理学を専門にする清水由紀によれば、幼児でもすでに感染症についてある程度の知識はあるが、その原因について因果応報的に――感染したのはなにか落ち度があると――考える傾向にあり、コロナ禍において子どもたちの心は大きく揺れている。子どもが不安に思った時にはいつでもそれを大人に話すことができる場があることが、子どもの安全・安心にとって最も重要であるという。

 同様に安全とリスクに対する大人自身の意識が、いじめの予防と対応(吉田圭吾)や子どもの感染症対策や健康管理(藤田一郎)においても大切になってくる。大人の安全・安心への心構えがなにより子どもの安全・安心を支えるのであろう。たとえコロナの問題が終息しても、私たちは子どもたちと生活の安全とリスクについていつも話し合えるような大人でありたい。

黒木俊秀(くろき・としひで)
九州大学大学院人間環境学研究院教授。精神科医、臨床心理士。医学博士。専門は臨床精神医学、臨床心理学。九州大学医学部卒業。著書に『発達障害の疑問に答える』(編著、慶應義塾大学出版会、2015年)など。


編集後記

 「今までに経験したことがない」というフレーズをこの1年間に何度聞いたことでしょうか。新型コロナ感染症拡大の不安の中、台風・豪雨・豪雪……と、想定外のことが次々に起こっています。テレビやネットで情報が拡散されている中で、自分や自分の身の回りに降りかからない限り、正常性バイアス(自分だけは大丈夫だと思い込む心理)が働き、いつのまにか「想定外」が「想定内」になってしまい、危険なのに安全だという危険な「慣れ」を生んでしまいます。

 さて、マズローの欲求階層説という考え方があります。人間の欲求は①「生理的欲求」(睡眠・食欲等)②「安全の欲求」(生命が守られたい)③「社会的欲求」(愛情と所属感)④「承認欲求」(人に認められたい)⑤「自己実現の欲求」(自分の夢を実現したい)の5つの階層に分かれており、生理的欲求や安全の欲求など低次の欲求が満たされると、一段階上の欲求が高まり、その欲求を満たすための気持ちになり、行動を起こすようになるとされています。

 子どもたちの問題で考えると、虐待は①②③が、いじめは②③④が、不登校は③④⑤が満たされていないと考えられます。では、コロナ禍での児童・生徒・学生たちの状況はどうでしょうか。「安全の欲求」が常に危うさにさらされ、休校期間中は「社会的欲求」と「承認欲求」が満たされない状況が続きました。高校や専門学校・大学で就職を希望している学生たちは、最後の最後で「自己実現の欲求」を満たす前に大きな壁が立ちはだかりました。7 人に1人いると言われる貧困層の子供たちは、生きていくうえで一番の基盤である「生理的欲求」さえ危うくなっています。こんな時代だからこそ、子どもたちには、自己実現できるという「夢」を持ってもらえる教育が必要だと思います。池江璃花子さんのメッセージには大人の責任を痛感させられます。「逆境からはい上がっていく時には、どうしても、希望の力が必要だということです」。(増田健太郎)


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