雑誌『教育と医学』(2024年5・6月号)「特集にあたって」「編集後記」公開
雑誌『教育と医学』の最新号、2024年5・6月号が、4月26日に発売されました。今号の特集は、特集「教師のキャリアを考える」です。
近年、小・中学校における教員不足が指摘されていますが、一方で小・中・高校で1割以上の教員が民間企業等での勤務を経験しているなど、教員の多様化も進んでいます。特集では、「職業としての教師」「教師のキャリア」という視点から、教職の現在と未来、そして持続可能な学校教育のあり方などについて、検討を行います。(責任編集:鈴木篤・増田健太郎[九州大学大学院人間環境学研究院])
「特集にあたって」と、「編集後記」を公開します。ぜひご一読ください。
●特集にあたって
教師というキャリアを考え直す──「聖職としての教師」論を離れて
鈴木篤
近年、教員不足が深刻化しています。そのことと関連して、採用試験での倍率の低下に見られるように、教職を志望する者が減っていると言われています。もっとも、その最大の要因は、実際には団塊ジュニア世代の教育需要の増加に合わせて大量に採用された世代の教員が一斉に退職するのに伴い、再度、急激に教員採用数が増やされたことだと思われます。そのため、「若者の教職離れ」のみを教員不足の原因とみなすことには注意が必要でしょう。実際、倍率は下がったとしても、採用者数自体は多くの自治体でほぼ予定通り確保されています。
倍率の低下よりも大きな問題だと思われるのが、一度教員として働き始めたにもかかわらず、定年を待たずに離職する教員たちの多さです。通常、公立学校の教員は教育公務員特例法第十二条に基づき、任用後も一年間、「条件付採用」となります。しかし、文部科学省の調査によると、令和4年度4月1日〜6月1日に「条件付採用」として採用された教員のうち、全国平均で1.93%が「依願退職」を含む各種の理由で採用1年後に正式採用には至らなかったとされます。すなわち、およそ50人に1人が任用後1年以内に退職しているわけであり、そうした欠員分は改めて次回以降の採用試験において募集されることになります(この割合は、東京都で4.53%、横浜市では5.04%、大阪市で2.78%、福岡市では3.70%に上っています)。1年後以降の退職者も含めるならば、早期離職者は毎年かなりの人数に上るでしょう。
そのほか、少人数で教育を行う特別支援学級が増加し、その担当者として一定数の教員が必要となっていること、若手の教員が大量に採用されるようになった結果、産休や育休のニーズが高まっていることなども、教員不足の原因となっています。
なお、こうして生じた教員不足は、その結果として管理職までもが授業や学級担任を担わざるを得ない状況につながり、さらに産休教員や病気休職者の代替教員の確保困難など、様々な問題ももたらしています。管理職の降格希望が増えていると言われる状況もこうした様々な問題の複合的な結果と言えるでしょう。
もっとも、こうした状況は実際には教師の世界だけに見られるものではありません。採用後、数年以内、場合によっては数日から数ヶ月の間にその職を離れる働き手の存在は、他の職業においても広く知られています。また、産休や育休のニーズなどは、いずれの職業でも同様に存在するものでしょう。しかし、これまでの教師論においては、完全無欠の資質能力を備え、(転職のことなど頭の片隅にもなく)児童・生徒のため、自らの私生活(家庭生活)や健康のことも考えずに仕事に打ち込むかのような「聖職としての教師」が称賛されてきました。
とはいえ、教師も他の職業に就く人々と同様、普通の人間です。その仕事において健康や精神衛生が維持され、働き甲斐や自らの成長の実感が得られなければ、そして職場で同僚集団との良好な人間関係が築けなければ、さらに私生活(家庭生活)との両立が可能でなければ、誰もがいつかその職場を去らざるを得なくなります。「若者の教職離れ」や教師不足などは、教職特有の問題なのではなく、(教職も含む)職業一般に言えるユニバーサルな問題と考えられるべきなのです。
こうした中、学校はいまどのような状況にあり、現場の人々はどう対応しようとしているのでしょうか。今号では「聖職としての教師」としてではなく「職業としての教師」や「教師のキャリア」という視点から、教職の現在と未来、そして持続可能な学校教育のあり方などについて、アメリカの事例も参照しつつ、検討を行ってみたいと思います。
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●編集後記
教師を目指す理由は何であろうか。子どもが好き、教えることが好き、児童生徒の時にあこがれる先生がいたなど人それぞれによって違う。1950年代〜70年代には「教師でもなろうか。教師にしかなれない」といういわゆる「でもしか先生」もいた。その背景には、大量の教員採用が行われた時代だったことがある。それから、教師採用数が減らされ、教師になるまでに何年もかかる時代がずっと続いた。40代の教師の中には、常勤や非常勤講師として何年も働きながら、難関の教員採用試験を受け続けた人も多いだろう。しかし、今は、教員採用の試験倍率が2 倍前後の地方自治体がたくさんある。教育学部を卒業しても教員にならない人は多い。教師という職業に魅力を感じないこと、また学校現場がブラックな職場であることが喧伝された影響であろう。
10年前、フィンランドの小中学校に1ヶ月間滞在し、小中高の教員の家にそれぞれ10日間ずつホームステイした経験がある。教師は修士課程卒であり、建築家と同等の社会的地位であるとのことであった。教師の仕事は授業だけであり、生徒指導は管理職やスクールカウンセラーの仕事で、放課後のスポーツや文化活動は地域の団体が担っていた。教師は午後3時ごろ帰宅し、家庭での生活を楽しんでいた。もちろんバカンスとして長期休暇をとっていた。教師はWork & Lifeのバランスをとることを程よく実践していた。教員採用試験も学校ごとにあるため、学校の魅力や教師の働き方がよくなければ、応募者も少なくなり、優秀な教師が採用されない仕組みであった。
授業以外の多くのことを背負わされている日本の教育も根本から見直さなければ、教師になろうという若者はますます減少し、日本の教育そのものが成り立たなくなる日が近づいている。少子化と同様に、この5年が教育を教師の魅力を取り戻すラストチャンスかもしれないと思う今日この頃である。
増田健太郎(九州大学大学院人間環境学研究院教授)
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