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【試し読み】『教育の財政構造――経済学からみた費用と財源』

将来の人口減少下で日本の成長には人材育成としての教育の政策効果を最大化することが欠かせません。限られた資金をどのような制度の下で配分すれば、教育・研究の費用対効果を高められるのか。

赤井伸郎・宮錦三樹 著『教育の財政構造――経済学からみた費用と財源』は、財政的・経済学的視点から国・地方自治体の責任主体別費用と財源の構造を明らかにし、効率的で公平な教育財政・資金配分制度を提案する、画期的な解説書です。

このnoteでは、序章の一部を特別に公開いたします。ぜひご一読ください。

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序 章 教育財政の視点

1 財政の視点から現代のわが国の教育制度をみる

 国が支出する教育費(日本の公財政教育支出)の規模については、文部科学省と財務省の間で、長年の議論がある。文部科学省には、「日本の公財政教育支出の対GDP比」に対して、OECD諸国の中で低レベルにあると主張する一方で、財務省は、そもそも対象となる学生数が少ないことが理由だとし、「在学者一人あたり公財政教育支出対国民一人あたりGDP比」で見れば、高いレベルにあると主張する。(詳細は第1章を参照。)この議論は、教育支出の規模をどの視点で見るのかというちがいに依存しており、この点での議論から新たな方向性を見つけることは難しい。
 近年、アジア諸国の成長により、アジア地域での日本の大学の評価は、THE(Times Higher Education)世界大学ランキングで見れば、低下の一途をたどっている。2014年までは、日本は上位100校に入っている大学数(6校)も最高順位(1位東京大学)もアジア地域で1位だったが、2018年では、上位100校に入っている大学数は2校に減った上に中国・韓国に抜かれ、最高順位も8位にまで低下した。2022年でも、最高順位6位にとどまっている。
 このような状況を踏まえて、単に教育支出額を増額すればよいとの主張もあるが、国家財政状態および、その支出が国民の税金であることを考えれば、新たな負担を伴う追加支出を検討する前に、現在の支出が真に費用対効果が高いかたちで配分され使われているのかを見極めることが大事である。支出内容、決定方法を精査し、費用対効果が高い政策から優先して支出していくことには、誰も異論はないであろう。客観的なデータ(エビデンス)に基づく費用対効果・政策の分析および政策への反映は、EBPM(Evidence based policy making)の流れとともに広がりつつあるが、教育の質をどのように捉えるのか、すぐに成果が出ると考えてよいのかなど、克服すべき課題もいまだ残されている。
 教育支出の費用対効果を的確に捉えるためには、まずは、複雑な財政制度を通じて教育資金の配分がどのように行われているのかを理解することが欠かせない。本書の狙いは、その理解を深めることにある。
 教育の政策評価については、これまで、社会学や行政学の分野で、エビデンスよりも歴史や理念を重視した研究・政策が多く行われてきた。しかしながら、第3期教育振興基本計画(2018-2022年)に、「今後の教育政策の遂行に当たって特に留意すべき視点」として、「客観的な根拠に基づくPDCA(Plan Do Check Action)サイクルを徹底し、国民の理解を醸成」という点が追加されたことからもわかるように、エビデンス・数値指標に基づく政策にその目標が大きく変わりつつある。現在、EBPM、PDCAの視点は、教育政策で最も注目されているといっても過言ではない。
 この視点からの分析は経済学が得意とするところであるが、教育に関わるエビデンスは、わが国では海外に比べてまだまだ乏しい。これまでの教育に関する経済学的分析は、教育経済学の分野で行われており、個人から見た人的投資としての教育に着目したものが多い。一方で政策を議論する際には、財政制度を無視した分析はできず、財政学の知識も欠かせない。
 たとえば、学校の統廃合や学級の少人数化は、社会的注目度が高い一方で、学校教育の費用構造が不透明であれば、その費用対効果を見極めることは難しい。運営費交付金の業績連動部分における算定の詳細や、公立学校運営費の地方交付税算定の詳細などは、質の高い教育・研究を促すインセンティブ設計の意味でも極めて重要である。
 教育学分野での研究については本章の後半で触れるが、このような財政制度を踏まえた研究は、これまで十分にはなされてこなかったといってよい。また、経済学分野でも、教育財政を対象に財政分野からの経済学的分析を行っている研究も少ない。書籍に関しても、教育財政の構造を経済学的視点からひもとくものは存在せず、これまでに発刊されている教育財政に関わる書籍のほとんどは、行政学的視点からのアプローチに限られている。
 本書は、望ましい教育制度・政策を検討するための材料として、現在の教育財政の構造と資金配分の実態を明らかにし、費用・財源面から教育の財政構造を経済学的に評価することを目的とす(1)
この実態把握がない限り、適正な制度・政策分析ができないからである。財政構造を考慮せずに分析を行ってしまうと、判断を見誤る可能性が高い。たとえば、同じ教育支出額であっても、インセンティブを考慮した制度設計になっているのか、規模の経済性や範囲の経済性を考慮した設計になっているのかによって、その費用対効果が大きく異なるからである。
 このように、教育の財政制度を理解し、これまでにない幅広い視野での議論が生まれることで、新たな方向性を提示できる可能性がある。これこそ、本書が生み出す価値であると考える。本書は、教育財政構造のあり方を考える上で重要となる「費用(構造)と財源(構造)の財政分析」を試みる初めての書籍といえる。

(1)財務省主計局法規課公会計室において、2021年1月に「コスト情報の活用に向けた取組について(事業別フルコスト情報の仕組化)」が提案され、コストを意識した評価の取組みが始まっている。https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings_pf/material/zaiseidg20210125/siryou3-2.pdf(参照2024-09-15)
令和2年度の各省庁の事業別フルコスト情報等へは、以下のリンクから参照できる。https://www.mof.go.jp/policy/budget/report/public_finance_fact_sheet/fy2020/link.html(参照2024-09-15)

(続きは本書にて…。)

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著者略歴

赤井伸郎(あかい・のぶお)
1968年生まれ。大阪大学大学院経済学研究科修了後、大阪大学助手、神戸商科大学(現・兵庫県立大学)助教授を経て、現在大阪大学大学院国際公共政策研究科教授。大阪大学博士(経済学)。『地方交付税の経済学』(共著、有斐閣、2003年)で日経・経済図書文化賞、NIRA大来政策研究賞、租税資料館賞受賞。『行政組織とガバナンスの経済学』(単著、有斐閣、2006年)でエコノミスト賞受賞。このほか『地方財政健全化法とガバナンスの経済学』(共著、有斐閣、2019年)などの著書がある。

宮錦三樹(みやき・みき)
1984年生まれ。大阪大学大学院国際公共政策研究科博士後期課程修了後、大阪大学博士(国際公共政策)取得。立教大学経営学部助教を経て、現在中央大学経済学部准教授。主な業績に「学校統廃合が自治体教育財政に与える影響」『日本経済研究』81号(2023年)、「日本における公的部門・民間部門の教育支出と相互依存関係の検証」(共著、日本財政学会編『財政研究』18巻所収、有斐閣、2022年)、"Public nursery school costs and the effects of the funding reforms in Japan," International Journal of Public Administration, 39、2016 など。

目次

序章  教育財政の視点
1章  日本の教育方針と教育支出
2章  教育財政の姿
3章  国立大学(高等教育)における財源構造
4章  公立小中学校(義務教育)における財源構造
5章  公立大学(高等教育)における財源構造
6章  公立小中学校(義務教育)における費用構造
7章  公立大学(高等教育)における費用構造

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