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【上げられるものは下がるもの】自己肯定感を上げたら幸せになるわけじゃない
一般的には自己肯定感が高いと生きやすいと思われていると思います。
確かに上がっている時はそうだと思うんですよね。
でも本当の生きやすさはそこにはないというのが個人的な意見で。
自分は自己肯定感が低いんだと気づいたとき肝心なのは「上げよう!!」とすることでは本質的ではないと感じています。
自己肯定感が高いことと低いことは同じことです。
は?と言われそうですが(笑)
つまり「自己肯定感」ってもの自体に強いフォーカスが当たっていて、それの高低という両極の中を行ったり来たりしているだけという意味です。
その二極性の中にいる間はどちらかの極に振り子が触れ続けるということなんです。
上がったものは下がるときが必ずあります。
逆もまたしかり。
自己肯定感が下がったと感じたとき、なんとかしてそれを上げようとする。
そして一時的には上がるんですけどまた元に戻ってくる。
自己肯定感のことを気にして「上げるのがいいことだ」と思っていると、一生「上げ続けないといけない」ということがついて回ることになります。
「上げよう!」という発想が起きるとき必ず根底には「低いから!」があります。
自己肯定感を上げようと奮闘すると実際に脳内で起こることは「低い」を強化することになってしまうという悲しきパラドックス…。
上げられるものは絶対に下がることがあるものです。
高という極があれば必ず低という極がある。
※自己肯定感を上げるのが「悪い」という話じゃないです
そしてその二極性の中にいるとき、絶対に永遠にどちらかの極だけにとどまり続けるということはありません。
それが摂理ってもんじゃないかと思うわけです。
この二極性から離れることが大切なのですよね。
二極以外の道があるということです。