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【沖家室】思い出備忘録

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#エッセイ

11.蚊帳【沖家室】思い出備忘録

11.蚊帳【沖家室】思い出備忘録

沖家室の蚊は生命力に溢れている。
サイズも大きくて、刺されると痛いと感じる時もあるほどだ。

夏の夜、2階の部屋にへあがると、蚊帳が張られている。
この部屋で家族みんなで雑魚寝するのだ。
蚊帳のまわりには蚊取り線香がまるで結界のように置かれている。
付属の金属の受け皿だけでは足りなくて、
少し欠けた取り皿にもY字の金属の支えを置いて活用している。
部屋は蚊取り線香の煙でいっぱいだ。

蚊帳を張った

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09.からし湿布【沖家室】思い出備忘録

09.からし湿布【沖家室】思い出備忘録

沖家室で風邪をひくと大変なことになる。
もう決して沖家室で風邪はひくまい。

私が子どもの頃に誓ったことだった。

ある時、私は沖家室での滞在中に風邪をひいた。
咳が出て、少し熱もあったように思う。
すると祖母が「からし湿布したらええ」と言って
なにやら用意し始めた。

しばらくすると、祖母がカレースプーンとお椀を手に
手招きをしている。

見ると、祖母の持つお椀の中には、
粉末状のからしを湯で練

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07.梅干【沖家室】思い出備忘録

07.梅干【沖家室】思い出備忘録

祖母は毎年梅干を漬けていた。

昨今流行りの塩辛くない梅干ではなく、
口に入れた途端、しょっぱさとすっぱさで
顔のパーツがすべて真ん中に寄ってしまうような、
昔ながらの大きな赤い梅干だ。
少し齧るだけで、ご飯を食べずにはいられない。

保存性と食の刺激という
本来の目的を大いに果たす梅干だった。

梅干はお馴染みの赤い蓋の保存瓶に漬けられている。
祖父の家の廊下には、梅干や梅酒など
手製の保存食を

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06.船音【沖家室】思い出備忘録

06.船音【沖家室】思い出備忘録

朝、外からは漁に出かける船のエンジン音が聞こえる。
その音を聞きながら目が覚めると、
沖家室に帰ってきているという実感が強くなる。

外で誰かが祖父と話している声が聞こえる。
私はまだ布団の中だ。

州崎の湾には、ロープで繋がれた漁船が
ゆらゆらと静かな海面に浮かんでいる。

祖父が漁師ではなかった為、
エンジンのない舟に乗った経験はあっても、
漁船に乗った経験は無い。
私にとって漁船はちょっと遠

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05.パーマ【沖家室】思い出備忘録

05.パーマ【沖家室】思い出備忘録

母は沖家室出身の父と結婚した頃、美容師だった。

小さな繁華街の外れにある店で、
その頃はヘアセットなどに訪れる常連のお客で繁盛していたらしい。
お客は少々気ままで気まぐれな人が多く、
機嫌が悪い日もあれば、気前よくチップをくれる日もある。
親戚の経営するその店で、
母はいとこや叔母と一緒に住み込みで働いていた。

一方、父は超がつくマイペースで、
子どもの頃、友達が家へ誘いに来ても
自分がしてい

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04.メインストリート 【沖家室】思い出備忘録

04.メインストリート 【沖家室】思い出備忘録

沖家室には、海に沿って島の動脈とも言える車道が走っている。

この小さな島には平地がほとんどなく、
民家は海沿いにある僅かな平地を利用して建てられている。
周防大島からかかる橋から見て順に「州崎」と「本浦」という集落があり、
その2つの集落は、この車道で繋がっている。

州崎に、その車道に並行して山側に通る1本の細い道がある。

民家と民家の間に挟まれて、
人がやっと行き違えるというようなその道は

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03.バス停 【沖家室】思い出備忘録

03.バス停 【沖家室】思い出備忘録

沖家室に電車は走っていない。
電車どころか、信号もない。

そんな島の公共交通といえば、バスだ。
前は町営バスが走っていたけれど、今はスクールバスが走っている。
学生だけでなく、一般の人も乗れるらしい。

周防大島からかかる橋を渡って、バスはゆっくりと島にやってくる。

島に入って一番最初の「州崎」の停留所には、小さな小屋があり、
その前には青いベンチが置いてある。

そのベンチでは、朝に、お昼前

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はじめに 【沖家室】思い出備忘録

はじめに 【沖家室】思い出備忘録

忘れていってしまいそうな、沖家室の記憶。
私の中の思い出を、ただ、形にしようと思って書き始めました。
そういった意味では、自分に向けた、まさに「備忘録」です。
沖家室での思い出は、私の人生の宝物です。

心のふるさとあなたに心のふるさとはありますか?

私の心のふるさとは、沖家室です。
瀬戸内海に浮かぶ、小さな島です。
父がこの島の出身で、私も大好きになりました。

沖家室島
https://ja

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01.ひじき 【沖家室】思い出備忘録

01.ひじき 【沖家室】思い出備忘録

ひじきある寒い冬の日、私たち家族は、大阪から父の故郷である沖家室までの道のりを急いでいた。父は、車の速度超過アラームが鳴るのも無視して、車を飛ばしていた。途中、警察に速度違反のキップを切られてからはさすがにスピードを落としたが、やはり先を急いでいた。

渡り慣れた沖家室大橋をいつも通り渡り、沖家室に着いても、いつも笑顔で道まで出てきてくれている祖母の姿はなかった。祖父と祖母の暮らす家に入ると、親戚

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