人の助けを得ると言うこと
自己確立には孤独は必要です
だからと言って
他人の助言を無視することや
受け入れないことは
孤独ではなくて孤立です
昔
ソリチュードとロンリネスは違うと聴きました。
洋楽が好きな方はそのニュアンスの違いがなんとなくわかると思います。
ソリチュードもロンリネスも日本語に直訳すれば孤独なのでしょう
ソリチュード solitude
積極的な孤独
孤独と言う豊かな開放された時間
孤独を好むと言うことは、ソリチュードに近い
ロンリネス loneliness
消極的な孤独
心情的な淋しさや閉塞感
死を思い浮かべるような孤立感でしょう
日本では孤独という言葉は
孤独死や認知症をイメージしてしまう為に、孤独と言うものが上手く伝わらないことが多々
確かに
災害大国で島国の日本は孤独や孤立感はマイナスイメージが強いかもしれない
我慢強い日本人は
規律を守り感情的なことを好まない
感情的であることをマイナスに捉える傾向です。
だからと言って急に感情をオープンにしろと言われても、どうやっていいかわからないのが現実
日本でカラオケやスナックや風俗がおおっぴらに出来るのは、こういう場所でしか心をオープンに出来ないと言う昔の風習から来ているのでしょう
何年か前に友達とカラオケに行く話になりましたが、そこはどう考えてもスナックでした。
一応都会育ちの現代人の私には理解が不能でした。
もちろん丁重にお断りして、私の自宅に遊びに来てもらうことになりました。
その子はお母さまが腎臓病で週2回人工透析をしているので、溺愛している妹さんがいましたが、祖父母宅に養子に出されていました。
大学も出ていたので一応高学歴の頭の良い子でしたが、どこかでポキンと折れてしまったのか、精神を病んでいました。
働いたことが1度もない様子でしたが、極度のストレスがかかっていたことは今やっと思えるようになりました。
大学生の時に先輩とセックス三昧だったことが、なんとなく伺えました。
彼女が
「先輩のところに帰る」
と言うので多分もういない先輩のいるバス停に送って雨の中バスに乗せました。
私の家に着いた途端私が若い頃からベッド替わりに使っていた大きなソファで寝てしまい起きれなくなり帰れなくなってしまったからです。
近所に住んでいるのに自転車は乗れないひとりで帰れない
彼女の祖母に電話を入れると
「タクシーに乗せてくれ」
多分こんな一言だったのでしょう…私もどうしていいかわからないので、妄想の中の先輩宅に送り届けた訳です。
最後に彼女に会った時に
「必ず後悔する」
家族のことについて母親との関係について念を押されたような記憶が…
でもそんなことはありませんでした。
幸せそうに見えた私に対しての捨て台詞だったのかもしれません。
彼女はその後正式に祖母の養子になり団地を譲ってもらいましたが、古くなった団地の取り壊しで追い出された際に、ハウスシックで行く場所がなくなってしまった様子を最後に地元で見かけることはなくなりました。
彼女の感情的で私に対する横柄な態度に嫌気さしていたので、跡を追うことは一切しませんでした。
人の助けを得る、得られることはその人の普段の人柄で左右されてしまうと言うことです。
今の私の彼が
「友達だから…」
「音楽を一緒にやるかやらないかは人柄で選んでる」
「一緒に遊ばないとは言っていない、ただ音楽をやるならばいい加減な気持ちではやらない」
「ピアノと人なんて
人とピアノなんて比べるものじゃない」
言葉数が少ないと言うことは、彼自身が孤独の時間を大切にするが故
彼を大切に思うならば孤独の時間を味方につけようと、私は自宅に居ながらも独立した家族関係を保つ努力をしています。
東日本大震災で人生が一変した私と彼
22才の年の差は
ちょうど半分なので彼自身の成長と私自身の小さな歴史をなぞらえることが出来る。
お互いに成長し心癒しあえる相手と付き合いたい。
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