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【いだろぐ628】答えのない問いの価値。

先日、宮崎駿監督の「君たちはどう生きるか」を観てきました。

観る人それぞれに異なる解釈ができる作品だと感じました。

各シーンの真の意味は、宮崎監督だけが知っているのかもしれません。

映画が終わった後、感動に包まれる中、その意味を探りながら、過去のジブリ作品も含めて考え、呆然としている自分がいました。

分からないことや、モヤモヤとした感情、考えさせられることにこそ作品の意味があるのだと思います。

これらは「ネガティヴケイパビリティ」という言葉にも繋がるように感じます。

人は、元来、希望的観測をする性質を持っています。

ポジティブな気持ちの方が健康を保ちやすく、生存の可能性も高まると言われています。

このため、プラセボ効果という偽薬の効果が科学的に実証されています。

医師が偽薬を処方した際の効果は、患者の期待に応じて変わることが多い。

これは、時間の経過とともに自然に回復する場合もあれば、医師の診察を受けて薬をもらった安心感から、脳内でエンドルフィンが分泌されることも関係しているようです。

しかし、これは「わかったような気になる」ポジティヴケイパビリティにつながる側面があります。

一見理解したように感じるものの、実は深い理解には至っていないこと。

この「わかった」という安心感が、さらなる学びや成長を阻害することがある。

正解が分からない、不確実性の中で耐え抜く力、これが真に必要だと感じています。

ネガティヴケイパビリティの本の中では、シェイクスピアや紫式部について触れられていました。

彼らの多様な人間模様を描いた作品は、読者それぞれに異なる感じ方があり、一つの正解は存在しない。

シェイクスピアや紫式部が描いた普遍的なテーマは、ネガティヴケイパビリティの考え方の礎になっていることが書かれています。

音楽や詩、絵画を鑑賞する際、その意味や良さがすぐには分からないことがよくあります。

しかし、繰り返し接することで、自分なりの解釈を得ることもある。

一見よくわからないものこそ、深く理解したときの収穫が大きいと感じます。

私たちはすぐに答えが出るものや、すぐに実践できることに目を向けがちです。

それが成果に直結しているからです。

しかし、
「学びはコンテンツよりコンテクスト」
と言われるように、答えの出ない問いや、深く考えることを求められるものにこそ、真の価値があるのかもしれません。

分からないことや、モヤモヤとした感情、それらを「ネガティヴケイパビリティ」という言葉で捉え、前向きに進んでいこうと思います。

今日も良い一日をお過ごしください。

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