中高生のための短歌入門
「短歌」ってなんだか難しそう。
教科書で読んだ「なんとかなりけり」みたいなのでしょ。平安時代の人が十二単着て、まったり作ったやつね。カワズトビコム、だっけ? あ、おじいちゃんが短歌のサークルで何かやってる!
「短歌」に対するイメージ、わたしもYA世代のときは、そうでした。もうとにかく「何言ってるのかよくわかんないし、難しそう!」。小説や詩はおもしろいからたくさん読んだけれど、短歌はちっとも読んでいませんでした。
でもいま「歌人」と呼ばれるようになって(短歌を作る人のことを「歌人」といいます。ちなみに「短歌を作る」ことは「短歌を詠む」ともいいます)、短歌ってこんなに面白いんだよ! とみんなに伝えたいなあと思ったとき、短歌について説明するのではなく、すぐに短歌を読んでもらいます。ほら、ゴーヤが苦手な人にゴーヤの栄養について語るのではなく、とにかくおいしいゴーヤの料理を食べてもらって、「ね!おいしいでしょ!」というイメージです。
重要と書かれた文字を写していく なぜ重要かわからないまま 加藤千恵『ハッピーアイスクリーム』
「女子高生歌人」として17歳でデビューした千恵ちゃん。授業中、まじめな彼女は「重要」と書かれたところをきちんと書き写します。でも、「重要」って書いてあるから、書いただけ。そうやって先に進まないといけないから。じっくり重要さを感じているわけではないのです。
拾ったら手紙のようで開いたらあなたのようでもう見れません 笹井宏之『ひとさらい』
なにか落ちているな、とふと拾って開いてみたら……笹井さんの切り取る独特の世界です。はかなげで繊細で。「もう見れません」とやさしく目を伏せる。26歳で急逝してしまった笹井さんの歌は、透き通る青いガラスでできた歌のようです。
紫陽花に囲まれながら僕たちは給食を待つくらいしか取柄がない しんくわ『しんくわ』
しんくわさん、おもしろい短歌をたくさん作る人です。給食を、ただ、待っている。きっと体育座りでかな? 机にきちんと座ってかな? それにしても取り柄がそれしかないって、すごい。
シースルーエレベーターを借り切って心ゆくまで土下座がしたい 斉藤斎藤『渡辺のわたし』
斉藤斎藤さん、変わったお名前ですが、作品も一風変わっています。今だったら、SNSに投稿されそうです。「シースルーエレベーターで土下座してるひと、発見!」って。「いいね!」がかなりつきそうなシュールな光景です。
3番線快速電車が通過します理解できない人は下がって 中澤系『uta 0001.txt』
中澤系さんの歌は、とってもクールです。駅のホームでいつも思い出してしまう、一度読んだら忘れられないインパクトのある歌です。「理解」をわたしはちゃんとしているのだろうか、といつも考えてしまいます。
恋人と棲むよろこびもかなしみもぽぽぽぽぽぽとしか思はれず 荻原裕幸『あるまじろん』
荻原さんのこの歌のある「連作」(短歌を1首だけではなく10首だったり50首だったり、まとめて発表することをいいます)では、「ぽ」がどんどん歌を侵略していきます。歌がぽどんどんぽになぽっていきぽぽぽ、不思ぽぽ議なぽぽぽ世界に入っぽぽてしまっぽぽぽぽぽたようぽぽぽぽ。
夏ごとに翼の生えてくるやうな痛み負ひゐき十代のこと 目黒哲朗『CANNABIS』
目黒さんのこの歌の、十代の夏の表現! 翼が生えたら空が飛べるのかもしれない、でも生えてくるときに痛みを伴うのです。それもいっぺんに生えるのではなく、「夏ごとに」。何かを手に入れることは、成長するということは、痛みを負うのだと教えてくれます。
海に来れば海の向こうに恋人がいるようにみな海をみている 五島諭『緑の祠』
五島さんは海を見ていません。海を見ている人たちの、瞳を見ています。さっきまでふざけて笑っていた友達が、ふと遠い目で海の向こうを見ているのを、見ています。
あたたかい十勝小豆の鯛焼きのしっぽの辺まで春はきている 杉崎恒夫『パン屋のパンセ』
春が来た、と思うとき。どこに来たと思いますか? 道端のオオイヌノフグリの小さな青が溢れたところに? 緩んだ日差しが部屋の中にさしているところに? 杉崎さんは鯛焼きの、しっぽの先に春を見つけます。なんて優しい丁寧な視線!
〈いい山田〉〈わるい山田〉と呼びわける二組・五組のふたりの山田 大松達知『フリカティブ』
大松さんは学校の先生をしています。生徒を観察したおもしろい歌がたくさんあります。ふたりいる山田くん、「野球部の山田」「テニス部の山田」なんて呼び方ではないところが、なんとも気になります。まるで昔話のお爺さんみたいな分け方!
神様はいると思うよ 冗談が好きなモテないやつだろうけど 枡野浩一『ドレミふぁんくしょんドロップ』
まるでことわざのように洗練された短歌を詠む枡野さん。いると思う、けれど、こんなひどいことやふざけたことが世の中にあるなんて、神様はきっと……うん、そんな性格なのかもしれません。
終バスにふたりは眠る紫の<降りますランプ>に取り囲まれて 穂村弘『シンジケート』
暗い中を走る一台のバス。バスはちいさく揺れています。静かに眠る恋人たち。手をつないでいるのかもしれません。たくさんの「降ります」のボタンの紫色の光が、そんなふたりを見守るよう。穂村さんの青春詠、うっとりです。
あの夏の数かぎりなきそしてまたたつた一つの表情をせよ 小野茂樹『羊雲離散』
<月見ればちぢにものこそ悲しけれ我が身ひとつの秋にはあらねど>百人一首の、大江千里の歌です。たくさんと、ひとつの対比が美しい歌です。小野さんの歌も、数かぎりなき表情と、たった一つの表情が並んでいます。笑った顔、すねた顔、恥ずかしがる顔……あなたの見たいという、たった一つの表情はどんな顔なのだろう?
もし豚をかくの如くに詰め込みて電車走らば非難起こるべし 奥村晃作『鬱と空』
もうこれ以上乗れない!と思うのに、さらに次の駅でぎゅうぎゅうと人が乗ってきます。満員電車は人がみちみちに詰め込まれて走ってゆきます。豚をこうやって込めこんだら、「豚がかわいそうだわ!」と抗議運動がおこりそうです。と、いうことは人は豚よりも……? 奥村さんのまっすぐな歌にはいつもハッとさせられます。
わたしが「おいしいなあ!」と思った短歌、ご紹介しました。思ったより食べやすいな、もっと食べたい!と思ってくれたらうれしいです。今の人たちが作っている短歌、まだまだ、もっともっと面白い歌、素敵な歌があります。Twitterでもたくさんの短歌がつぶやかれています。作者の心境は次のうちどれか、なんてテスト問題みたいなこと、誰も言いません。楽しくおいしく、短歌、まずは味わってみてください。
ほしいのは勇気たとえば金色のおりがみ折ってしまえる勇気
日溜りに置けばたちまち音立てて花咲くような手紙が欲しい
馬だった頃のあなたにあこがれてヒトとしてまた逢えてうれしい
宇宙ステーション増設されてゆく夜の路地に残った花火のにおい
「少年」を強制終了するようにある日空き地にフェンスはたった
天野慶『つぎの物語がはじまるまで』(六花書林)
初出:「YAA!YAA!YAA!」6号(ヤングアダルト&アート・ブックス研究部会)
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