枝葉の先
カチッ カチッ
壁掛け時計の音だけが存在する日の出前の暗いリビングに一人。
「まだ4時じゃないか、、」
目覚ましの時間を間違えたのだろう。いつもより1時間も早く起きることになってしまい、僕はしばらくぼうっとしていた。過ごしやすい季節を多少過ぎた初夏の始めとはいえ早朝は少し肌寒い。
何気なくリビングと地続きのキッチンへ向かうと、シンクに洗い物が溜まっている光景が豆電球だけ灯した部屋の明かりの下で目に入ってくる。
早く起きてしまい今から二度寝をすると寝過ごすだろう不安もあって、空いた時間の有効活用のつもりでキッチンの蛍光灯をつけ、皿洗いをすることにした。
優に3日分はあろうかという斜めに刺さった油汚れの乗った皿達をどれからともなく手に取り、台所洗剤を乱雑に振りかけたスポンジを押し当てながら大きな溜息をつく。
「なんでこうなるかなぁ」
例えば1億の借金、治らない難病、幼い頃に両親を事故で無くし、、、、
いや、そういった明らかな不幸があるわけでもないのだが、先月32歳の誕生日を迎えたばかりの僕は、壁掛け時計のカチッカチッという音と皿同士が当たる音以外しないキッチンで今までの人生についておもむろに振り返っていた。
今の会社には転職で入った。いわゆるキャリアアップの転職ではなく前の仕事をとりあえず一身上の都合で辞めてから今の会社の採用面接を受けた。
前の会社を辞めた理由は上司との人間関係だったのでその点警戒していたのだが、どうやらその心配はいらなかったらしい。うちの会社は最初からこの業界にいるやつは少数で転職組が半数。僕と一緒で前の仕事でのトラブルや事業を潰して再出発の人もいるらしいので、どこかみんな優しい。
僕が勤める会社の事業はテーマパークのメンテナンスの請負だ。近隣県でのテーマパーク関連のメンテナンスを何ヵ所か請け負っている程度の規模だ。うちの会社が入っているテーマパークはテーマパークといってもジェットコースター類の乗り物(規模は小さいが)とアスレチック、樹木と芝生の広場ゾーン、はたまた道の駅のような地方の特産品を看板商品にしている土産物屋とレストランで構成されている。大型テーマパークとは違ったレジャー施設としてコアなファンがいるとかいないとか。
ここでの僕の仕事は主に樹木と芝の手入れ、園内の清掃、設置物の移動と撤去といったところだ。ジェットコースターなどの機械類やアスレチックは先輩方が日常点検をやっているし、定期的に専門の業者を呼んでメンテナンスをしている。
僕の仕事でのイレギュラーといえば園内清掃中にお客様からトイレはどこにありますか?などと話しかけられるくらいだ。もちろんそれくらいお安い御用なのでそこの角を曲がって、、などと案内している。
ただ樹木と芝のメンテナンスは正直疲れる。結局2000年を20年過ぎてもいまだこの分野は完全機械化はされておらず、肉体労働なのである。
不満と言えばそれくらい、、?いや、あとボーナスがほとんど無いことくらいか。
カチャカチャと皿の音を立てながら僕は仕事についてあれこれ思いを巡らせていた。まだシンクの山は3分の1も切り崩せていない。
「なんでこうなったのかなぁ、、」今度はもっと昔、幼少期に記憶を飛ばして振り返ってみた。
幼稚園の頃は親からは「ごんた」と言われ、外に遊びに出れば擦り傷を作って帰ってきていた。それは小学校に入っても変わらず割と活発な子供だったらしい。
活発すぎて社会科見学の様な列をなして校外に出る授業の時はよく集団から外れて迷子になって先生にこっぴどく叱られた。
それくらい活発だったおかげか足は速い方で、特に運動会のリレーはアンカー常連で見せ場だったので思いっきり張り切った。勉強の方はそこそこといった所。好きでもなかったが嫌いでもなかった。6年生の時、中学受験をする友達は3学期に向かうにつれて無口になっていった。僕は中学受験をしなかったので他人事の様にそれを眺めてたっけ。
中学に上がると多少落ち着いたのかインドアな趣味のいわゆるオタク趣味の同級生とも友達になった。中学には部活動というものがあるらしく野球部と迷ったがサッカー部を選んだ。といってもうちの部は人数が集まるかどうかの状態だったので全国大会どころか大会そのものに縁遠いエンジョイ系のサッカー部だった。ポジションは色々やったが最終的にディフェンダーに落ち着いた。
身長は2年生の中頃には160cm台半ばになって少しずつ大人に近づいていったが恋愛にはいまいち興味を持てなかった。
3年生の時に高校受験の為に珍しく半年くらい勉強に打ち込んだ。親に迷惑は掛けられないと思って公立高校を受験を決めたので合格発表の時はさすがに緊張したな。試験の出来はまあまあのハズだったが、落ちるのは数人しかいないらしいという真偽不明の情報のせいでまさか僕が、と気が気でなかった。
結果は合格。合否発表の垂れ幕に自分の番号が書いてあったので一安心した。合否発表後の帰りのバスでうちの中学から受けて落ちた生徒がいて、なんて声を掛けたらいいのかわからなかった。
とにかく高校生にはなる事が出来たのだが段々手続きやら勉強やら難しくなってきて義務教育とは違うという事を思い知らされた。うちの高校はそこそこの進学校だったらしい。僕は要領が悪く中々高校のシステムに馴染めなかったが、友達はそこら辺を上手くやっていて勉強や部活の時間配分を計算してたみたいだ。
そうそう部活は引き続きサッカー部に入った。近隣の中学から強いやつが集まってきていて部の雰囲気は大会を目標にしていた。僕はといえばマイペースで中学と変わらない感じでやっていたので見事にレギュラーを外れた。
ただ学校生活全体で見ると日々の教室でのおふざけやちょっとした行事全てが思い返せばキラキラしていてとにかく何をしていても新鮮で楽しかったので、部活であまり目立たなかったり英語のテストが17点だったりしてもさほどダメージは無かった。
サッカー部最後の大会では県大会の準々決勝まで進んだ。準決勝がかかった試合は2-1でうちが負けたまま硬直状態が続いていた。レギュラーの2年生のケガでラスト15分だけ交代で出れることになったのだけど嬉しさよりも失敗して点を取られる怖さが勝ってしまいガチガチのプレーだったことだろう。幸いこっちにボールは飛んでこず、、、といってもディフェンダーなので自分でシュートを決めるでもなくそのまま2-1で試合は終わった。これでサッカー部は引退となるのだが実感は湧かなかった。引退セレモニーの最中、ずっとレギュラーで頑張っていたやつらは泣いていたが僕は周りの雰囲気を壊さないように黙っているのが精いっぱいだった。
「ふう、、こんなもんか」
学生時代の感想か皿洗いの進捗かどちらともつかないセリフで一息をつく。
一旦シンクから顔を上げ冷蔵庫に振り返り、中から前日半分飲み残してあったペットボトルのミルクティーを取り出し一気に飲み干す。
しばらく腰を伸ばした後キッチンに向き直るとまだ2分の1は洗い物が残っていた。時間は4時半過ぎ、あとちょっとだけ頑張るか。
大学はケイザイガクブを選んだ。特にケイザイに興味があったわけではないのだが他にやることもないのでそうなった。一年目は大学は遊ぶところという格言を真に受けて遊び倒した。キャンプにマージャン、、一限目という区分は僕には存在しなかった。他人様に言えないこともしたが基本的には許されるバカをやっていた、、筈だ。そのおかげで講義にはついていけずなんとかクラスの端っこにぶら下がって一年目を終えた。
致命的な失敗といえば2年目か。学部全体に特別な授業の参加を呼び掛ける案内が出た。なにやら家電メーカーが関わっているらしく研究開発、、とまではいかなくても学生の意見を取り入れて新商品の開発をするらしかった。
面白そうで興味をひかれたが条件があるらしく自分に照らし合わせてみると単位が少々足りなかった。
せっかくやる気を出した所だったが泣く泣く諦めてその年の希望講義の欄を他の授業で埋めていった。
後からわかったことなのだがどうやらギリギリ単位は足りていたらしい。どこかで一つ数え間違いをしていたのだ。何故か最初の時には気づかなかった。何度も見返したはずなのに、、、
友達に相談したら今からでも入れてくださいって言えとアドバイスされたが気が付いた時にはもう講義が始まって一か月経っていたので諦めた。
本当は熱意を伝えれば入れてくれたのかもしれないけどその時はそんな気になれなかった。
「これで終わりか、、」
洗い物も3分の1になったところでまたもどちらともつかないセリフ
「いや、まだあるな」
シンクの奥に小さく積まれた小皿を二枚程発見し、ラストスパートのつもりでスポンジに台所洗剤を2,3回振りかけた。
初めてやりたいと思った講義を受けれない事が決定して少しやさぐれながら提出した希望の講義欄の中に学年を跨ぐ講義があった。その二年と三年が一緒になる講義の中で数名の先輩と仲良くなって、、、初めての彼女が出来た。
彼女は胸元まである黒色のロングの髪が綺麗で少し病弱、他の男に声を掛けられるんじゃないかとずっと心配してた。
その彼女とは彼女の友達を含めてよく三人で遊びにいった。男友達相手みたいにバカばっかやるわけにはいかずレジャー施設やちょっとした食べ歩きが中心だった。
希望の講義は取れなかったがそのおかげで遊ぶ時間は確保できた。
付き合い始めて3か月が過ぎたころだった。いつものようになじみの遊園地で三人で待ち合わせをしていたのだが彼女は就職活動の疲れと元々体が強くないこともあってか来れないことになった。そこでその日は解散となったが僕と彼女の友達はフリーパスを持っておらずその日一回きりのチケットがもったいなくなって、少し躊躇ったけど二人で遊園地に入ることにした。いざ歩き出してみると三人でいるときと変わらなかった。彼女の友達は僕の彼女とは対照的な明るい性格で、彼女の友達に先導される形で一緒に次々とアトラクションを回った。疲れたら売店でアイスクリームを買ってきて一息ついてまたジェットコースター、、最後はレストランでディナーとすることにした。そこで普段は飲まないビールなんか二人で頼んで他愛もない話をし、目いっぱい満喫してから遊園地を後にした。
いつも通りの帰りの電車、いつもの僕が降りる駅が近づいてきていた。ホームに電車がとまる。でも僕はお酒のせいだろうか立ち上がれなかった。隣に座っている彼女の友達は何も言わない。駅を出る車掌のアナウンスが鳴り響き、そしてそのまま電車は動き出してしまった。普通ならどうしよう!乗り過ごしてしまった!と慌てる所だがその時はそんな焦りはどこにもなかった。隣に座っている彼女の友達の方に顔を向けると起きていて、あちらも僕の方を見ていた。いつものノリで何やってんのよ!なんて言ってくれるのかと期待したが二人ともお互いの目を見たまま沈黙してしまっていた。
何駅か通過して彼女の友達が住んでいるアパートのある駅が近づいてきた。いつかの話に出てきたのでここら辺に住んでいる事はなんとなく知っていた。
駅に到着して電車が止まる。今度は立ち上がることができた。勿論立ち上がったのは僕だけではない。黙って電車をゆっくりとした足取りで下車し、乗り過ごしの運賃を払い改札を出た。こんなところまで付いてきて怒られると思って元来た駅のホームに体を向けた時、僕の体が止まった。彼女の友達が僕の手をホームとは反対の方向へ、、つまり手を握っていたのだ。
何も言わないで手を握ったまま彼女の友達は歩き出した。僕は流れに逆らうことなくついていく。ものの5分で一軒家やアパートが立ち並ぶ区画に入った。それらしきアパートの前で一旦足を止めて彼女の友達が僕の顔を見てしばらく沈黙した。何かの確認なのだろうか?しばらく見つめあった後、彼女の友達が小さく呟いた。はっきりと聞こえなかったがたぶん二階、そう言った様な気がした。それから手を繋いだままアパートの階段を上がり二階の彼女の友達の部屋と思われるドアの前に立った。さすがにそこで手は離れて彼女の友達はカバンから鍵を取り出し慣れた手つきでガチャガチャと鍵を開けた。すぐに勢いよくドアが開けられ、癖なのかただいまの挨拶をして彼女の友達は部屋に入っていった。
僕なんか存在してなかったんじゃないか?と一瞬考えてしまったがドアが閉まり切る前に後から部屋に入ることにした。
流石にお邪魔しますくらいは言ったのだが彼女の友達はいつも通りの帰宅後のルーティーンをこなしているらしくワンルームの室内を動き回っている。
僕は手持無沙汰で取り合えず靴を脱いで部屋の中央に寄ったのだが、そこでテレビの電源が入った。振り返ると彼女の友達はそこにおらず、、洗面所に入ったみたいだ。これでも見てろって事かな。
テレビの前の小さい机の前に胡坐を掻いて座る。さっきまでの二人の世界に斜め上からバラエティ番組のにぎやかなガヤが飛んでくる。なんだかいつもの三人で遊んでいるときの気分が一瞬戻ってきたが、あたりを見回して置かれている状況を再確認する。それを何度か繰り返したところで彼女の友達が後ろからグラスに注いだ飲み物を出してくれた。麦茶らしい。振り返るといつの間にか部屋着に着替えていた彼女の友達は突っ立ったままバラエティ番組を見てクスクス笑っている。お気に入りの番組だったのだろうか。なんかお邪魔しちゃったかな。程なくして次回予告が流れ、そのバラエティ番組は終わるらしかった。彼女の友達はそれ以上他の番組を物色するわけでもなく何かを言い残して洗面所に消えた。確かお風呂入るね、、そう聞こえたような気のせいのような。すっかり酔いが醒めていた僕は引き続きテレビの画面に釘付けになるしかなかった。テレビはすでに深夜体制に移っていてさっきのにぎやかなバラエティとは打って変わって大手企業がスポンサーの地方の名所案内の番組が始まっていた。静かな空間にシャワー音が混じってくる。その状況に耐えられず何か変化を求めるが、女の子の部屋を物色するわけにもいかず胡坐を掻いている足を組み替えるのが精いっぱいだった。
そうこうしているうちに彼女の友達がシャワーを終えて出てきた。よかった服は着ている。一瞬視界をバスルーム方面に向けた僕は彼女の友達がさっきの部屋着を着ている事に安心した。彼女の友達は部屋に入ってくるとテレビの横に配置されているベッドの中央にドカッと腰を下ろし、バスタオルで髪を乾かし始めた。僕の彼女と違い、肩までのショートカットなので乾かしやすそうではある。茶色の髪色が蛍光灯の光をいくらか反射させている。そのうち彼女の友達は髪を乾かすのをやめて、ベッドの中央から頭側に座りなおして枕元にあるマンガの単行本を手に取り僕に差し出した。流されるままに僕は空いたベッドの足元側のスペースに腰かけそのマンガ本を読み始める。
あれ?僕の布団は?この小さな机をよけて布団敷くんじゃないの?僕達が友達同士ならここからの選択肢はそれしかないはずだった。しかしそんな気配はどこにもなく彼女の友達はすでにベッドに寝転んだ体勢でマンガを読んでいた。僕は今日の遊園地の疲れとこの部屋での気疲れも重なってふうっと溜息をついてしまった。彼女の友達にはどういう風に聞こえたのだろう。彼女の友達はテレビのリモコンを手に取り、未だついたままだったテレビの電源を消して再びベッドに横になった。さらにそのまま枕元に置いてある部屋の電気のリモコンも流れるように操作し、部屋の明かりを豆電球に変えてしまった。
僕はマンガを読み続けるわけにもいかずマンガを横に置いて彼女の友達と同じ体勢になった。川の字、、とはいえ向き合ってではなく彼女の友達は背を向けていて僕がその背中を見ている形だ。
一体どういうことなんだろう?流れに逆らわずにここまで来てしまったが、左脳が機能を停止しているらしく状況を説明してくれる言葉は浮かんでこなかった。
一緒のベッドで男女が横になって、、部屋の電気は消えている、、さっき手を繋いで、、でもキスはまだしていないし、、スキだって告白したわけじゃない、、そもそもこれは浮気になるんだろうか、、
僕は考えがまとまらない中ウトウトしてきた事もあり、寝てしまえばいいかと仮の結論を出した。
目をつぶってまるで自分の部屋かのように強引に意識を書き換え眠る事にした。すると、、自然と手が前に出てしまい何者かの肩に掌が当たる。その時僕の手がその何者かの髪に触れた事で、シャンプーの匂いかそれともその身体自身から発せられるものか。僕の知らない甘い匂いが鼻孔に侵入してくる。
僕の彼女、、ではないな、、、これは彼女の友達だ。当たり前だここは彼女の友達の家なんだから。
目の前の背中を向けたままの彼女の友達は動きもしないし嫌がりもしない。
僕は彼女の友達が何を考えているのかわからなくなって少し大胆に振舞いたくなり肩口の手を背中に下ろしてみた。
、、下着をつけていない!?部屋着の布地越しだが下着をつけていないと僕の手は報告する。驚きながらもっと確かめたくなって大胆にも部屋着の下から手を侵入させ背中の位置まで上げてくる。、、明らかに背中を直接触っている。
彼女の友達は寝ているのだろうか?いや寝息は聞こえない。しかし拒否もされていない。
しばらくその位置で手を止めた後とうとう体の前面に手を回す。
柔らかい感触が伝わる。彼女の友達は少し体を反応させたが引き続き拒否はしない。
僕はその原初的な体験に感動していたが、こういう時の一般の男性諸君程興奮はしていなかった。
何故だろう?
好きだと告白してないから?
キスもまだだから?
それともこれが浮気で彼女への裏切りになるから?
どれとも理由付けが出来ない中一気に突っ走る事も出来ただろうが、その時の僕は手を一旦後ろに後退させてしまった。そしてーーーー
気が付けば部屋には日の光が差し込み辺りは明るくなっていた。僕はしまったとばかりに驚いて目を見開いて起床した。彼女の友達も睡眠から目覚めたらしく、のそっと枕元の目覚まし時計を確認する。
こうなると最早昨晩の事は夢に近くそれの再現をするのは難しいというのが暗黙の二人の結論で、さらに追い打ちをかけるようにそこまでだといわんばかりに太陽の光が窓から入ってきて部屋の家具の金属の部分に反射している。
彼女の友達の様子を伺うと大きく伸びをして起き上がりつつあった。良かった機嫌は悪くなさそうだ。僕の中に何か手に入る予定だったものを逃した感は残っているものの、二人の関係はいつもの友達同士の距離感に戻っていた。ただ二人とも未だベッドの上という事を除いては。
それから彼女の友達は2限目に出席する為にゆっくりと朝の準備を始めた。僕はといえば、その日は休みだったが一緒の電車に乗っていくのも気恥ずかしくなり先に自分の家に戻ることにした。玄関先まで見送ってくれた彼女の友達と昨日の事は二人だけの秘密だねと約束をしてアパートを出た。
それ以降彼女の友達と二人っきりで会う機会は訪れなかった。彼女と彼女の友達と三人で遊ぶときも特に変わった様子もなく僕も向こうもアプローチを仕掛けることはなかった。
あの日の出来事はなんだったんだろうか?
彼女の友達は僕のことが好きだったんだろうか?
それともあの時拒否しなかったのは僕に合わせてくれていただけ?
僕は本当に彼女の友達が好きだったんだろうか。
「よし、終わった」
残っていた小皿をすでに食器でギュウギュウの食器乾燥機の端に詰めて"乾燥"のボタンを押す。
部屋の外は電信柱などが視認出来るくらい明るくなっていてリビングの壁掛け時計は5時前を指していた。ちょうどいつもの起きる時間までに皿洗いを終えることが出来た。
僕は一仕事終えて二本目のタバコに火をつける、、、、、かの様な気分で冷蔵庫から昨日買ってあった二本目のペットボトルのミルクティーの蓋を開ける。
タバコは吸わないようにしているからハードボイルドなのは気分だけで我慢する事にして開封したてのミルクティーを口に含んだ。
二口目を口にした所で
「パパ、、、?」
今年で4歳になる息子が起きてきた。
「ごめん、起こしたか」
寝巻のズボンがずれて下着が出かかっている
「パパは仕事に行くからママを起こしてきな」
それを聞いた息子がゆっくり反転して寝室に向かう。のそっと動き出す仕草は誰かさんにそっくりだ。息子が寝室に到着するより先にガチャっと音がして寝室のドアが開き妻が起きてきた。
「ん、、あ、、おはよう、、」
寝起きで乱れてはいるが黒い髪は胸元まであり綺麗だ。体が弱い所は昔と変わっていない。
「洗い物は大体しておいたから後はお弁当作ってあげてくれな」
会社名が刺繍された作業着の上着をバサッと羽織りながらまだ目をこすっている最中の妻に言った。今日は息子が保育園の行事で遠足に行く日らしい。
「わかった、、いってらっしゃい、、」
起きているのか寝ぼけているのかわからない状態の妻を残し、僕は大きなゴミ袋を両手に一つずつ持ちドアを開けて部屋を出た。
初夏の太陽の光が斜めに僕の顔を照らす。
あの時こうしていれば
選ばなかった選択肢達が惜しくはあるが、今僕が選んだ枝葉の先は自分にしては上出来ではないだろうか。でも本当にそれが自分にとって最良だったかわかる時は人生が終わる時なのかもな。
遠い未来の自分に結論を任せて僕は朝日の射す中足早にゴミステーションに向かった。
ーー枝葉の先ーー
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