【AtoZ】 でこぼこ書店 富井 弥さん 〜常に挑戦し続けるための秘訣〜
大学入学1週間前での父親の死
末村) まず、今回の"AtoZ"というインタビュー企画では、現在にいたるキャリアの変遷についてお伺いしていきたいのですが、現在は書店を自分で開いている富井さんが最初に金融・保険業界を見られていた経緯はどんなものだったんですか?
富井) 就活時代は、保険業界しか受けていませんでした。大学が経済学部だったっていうこともあるのですが、実は、私が大学に入学する2ヶ月前ぐらいに、父親が末期がんと発覚し、入学の1週間前に亡くなってしまったんです。その時に、実際に生命保険を使って、保険の重要性を肌で感じた経験が大きくて、「生きる上でのリスク」みたいなところに興味を持ちました。
末村) そういった辛い出来事があったのですね。 保険業界から昭和女子大学に転職されたというのはかなり大幅なキャリア変更ですよね。
富井) 大学時代から母校の中学のバスケコーチや家庭教師のアルバイトをやっていたこともあって、教育には昔から関心があったんです。
具体的なきっかけとしては、弟が大学を卒業して中学校の先生になったことですね。ちょうどその時期に転職を考えていたこともあり、以前から持っていた教育に関わりたいという熱が再燃しました。
末村) 就活生時代に教育業界は目指されなかったんですか?
富井) 実のところ、就活生時代は薄い業界研究しかしていなかったこともあって、「教育業界=教師」みたいな考えしか持っていませんでした。「自分は教職を持っていないから無理だな」と諦めていました。でも、転職を考えてから色々調べ始めると、大学職員といった働き方もあることを知って、挑戦してみようと思いました。全く違うキャリアへの転換でしたが、どちらも「人と向き合う」ということは共通していたと思います。
末村) 昭和女子大学からUNIVAS(大学スポーツ協会)への転職は今までのバスケ指導の経験などからですか?
富井) ちょうどその昭和女子大学で働いてるときに社会人学生として大学院に通っていて、大学経営や高等教育政策などを学んでいたんですね。
その時に、NCAAというアメリカの大学スポーツ統括団体というものがあって、日本でも大学スポーツを統括する団体ができることを知りました。それを見つけてからずっと「ここに行きたいな」って、目をつけていていました。大学院を卒業した後にUNIVASの求人を探していると、ちょうど"デュアルキャリア"っていう、運動部学生のキャリア支援とか、学習支援とかをやる部署での募集を見つけたんです。ここだったら自分のキャリアを活かせると思い、転職しました。だから、別に転職活動をしていたわけではなく、UNIVASに行きたかったので、もし採用されていなかったら、そのまま大学で働いていたと思います。
葛藤し続けた社会人学生時代
末村) 社会人として働きながら大学院にも通われていたんですね。大学院というと大変な印象が強いのですが、どういった形で仕事と両立されていたんですか?
富井) 私は東大の教育学研究科の大学経営・政策コースというところに通っていました。通っている人たちはほとんどが大学職員や文科省の人とか、高等教育に関わってる人たちでしたね。ほぼ全員社会人学生だったので、平日の夜や土曜日にみっちり授業を受けるようなカリキュラムでした。なので、平日に授業を履修しているときには、仕事が終わった瞬間そのまま大学に向かって授業を受けるような生活でした。
末村) 大学院の課題とかはいつやられていたんですか?
富井) 社会人は時間の使い方が本当に大事になってくるので、うまくやりくりして仕事が休みの日曜日や通勤時間は課題図書を読んだり...勉強漬けの日々でしたね(笑) 。
末村) 辛くなったり、モチベーションが下がってしまったことはなかったんですか?
富井) 正直めっちゃありました(笑)。 大学院時代は本当にしんどかったですね。でも、自分の性格的に「始めちゃったからやるしかない」という感じでした。最初の2週間ぐらいまでは久しぶりに学生に戻ったという高揚感はありましたが、その後は、圧倒的な課題量にやられていました。正直、久しぶりの学生気分だった2週間を超えてから修了するまでは、「何でこの道を選んだんだろう」といった"葛藤"の日々でした。
末村) やはり社会人と大学院の両立は相当な苦労があったのですね。でも、まず普通であれば大学院に入学すること自体が大きな決断だと思うのですが、大学院に飛び込んだことには何かきっかけがあったんですか?
富井) 飛び込んだきっかけは、社会人として働いていて、「このままでいいのか」といったような危機感とか「何かやらなければ」といった意識をずっと持っていたことが大きかったですね。
末村) 実際に大学院に行って、自分の変化や大学院に通って良かった部分はどんなことですか?
富井) 当然、大学に関する幅広い知識が身についたことは本当に大きかったです。民間企業でも言えることかもしれませんが、大学職員として働いていると、所属部署の知識が付くことは当たり前なんですけれども、他の部署のことを知らなかったりとか、大学全体のことがわからないみたいな人が多いんですよね。そういう意味では、大学全体のことと国の政策や法律の知識もあった状態で、業務に当たることができたことは大きかったです。あと一番大きかったことは、意欲も能力も高い他大の職員さんや文科省の人との"横の繋がり"ができたことですね。
末村) 今までのお話を聞くと、転職や大学院など、ずっと普通の人とは違う人生を歩まれていますよね。 そんな富井さんが今までに影響を受けたことって何かあったりされますか?
富井) やっぱり、生まれ育った環境が大きかったですね。
私は転勤族で、1.2年くらいで引っ越しをする環境だったんです。小学校も2回転校したので、小さい頃から環境の変化が当たり前の状態で育ってきました。あとは、負けず嫌いで飽きっぽい性格があるので、一つのことをずっと続けるより挑戦することを無意識にやっていたのかもしれません。
「あの経験があったからこそ...」と思えた
末村) 今までで、 挫折経験ってあったりされますか?
富井) 自分の中で、挫折経験と捉えているものはあんまりないですね。
でも、例えば、大学受験で失敗して浪人したり、高校のバスケ部時代は、Bチームにいた時期もありました。でも、その経験があったから、成功体験に繋がっているというか…浪人したことも、浪人があったからバスケを教えるようになったんですよ。浪人が決まって、予備校に行くまでやることがなくて落ち込んでいるときに、弟が中学でバスケ部だったので、たまたま弟の試合を見に行った時があったんです。その時に、顧問の先生から「バスケのアドバイスをしてもらえませんか」と言われたところから始まっていて...なので、失敗とかうまくいかなかったことはたくさんあるのですが、今振り返ると、結果的にあの経験があったから今の自分があると思えています。
末村) 昔からの経験で失敗に対する恐れや新たな環境に行くことに対するためらいがなかったんですね。
富井) そうですね。でも、1回目の転職はかなりハードルが高かったです。新卒で自分が勤めていた会社は、保険業界ということもあって転職がしづらい雰囲気で…新卒を育てる文化が根付いていたんです。なので、入社した時は、そのまま定年まで勤める感覚をもっていたので、転職は全く考えていませんでした。だけど、働いていく中で、仕事や人間関係の辛さみたいなものもあって「とにかく転職しよう」と思い昭和女子大学に転職しました。そこからは、転職に対する自分の中でのハードルはかなり下がりました。 でも、大学生のときに自分が将来的に本屋をやっているとは思っていないです(笑) 。
末村) 書店を立ち上げられた理由はどういったものだったんですか?
実は順番としては、「教育をやりたい」が先だったんですね。教育に本屋をくっつけたっていう...だから書店を開くというよりは、今年の3月から始まる塾とか教室とか、そういった教育に関わることをやりたいという思いが先でした。でも、塾一本だと、大手の塾や色々な塾に埋もれてしまいますし、経営的にリスクがあるので、そこに何かを掛け合わせる形で考えていて、教育と関連が大きい書店を選択しました。
末村) 立ち上げの際はどういった形で始められたんですか?
富井) 最初は書店ではなく、大学生向けのキャリア支援や高校生の大学受験対策をメインで考えていたので、大学が近くにあるエリアで物件を探していました。でも、なかなか良い条件のところがなくて、ちょっと地域エリアを広げて探し始めてこの場所を見つけました。でこぼこ書店の近辺は、ファミリー層が多くて、区域の小中学生も多いんですよ。なので、その小・中学生をメインターゲットにした塾にしようと思い、この場所に決めました。そして、書店を先に始めることで、地域の人に知ってもらえるきっかけを作りたいという狙いもありました。
末村) 書店を経営される中でのやりがいは?
富井) まず、サラリーマンを辞めて個人事業主になったことで、「100%自分で決められるかつ100%責任も自分に降りかかってくる」という状況は自分にとっての大きなやりがいでした。一方で、書店経営のやりがいは、地域の方との繋がりを創ることができる点ですね。小学生が塾帰りに立ち寄って話をしに来てくれたり、中学生が2階の自習スペースでテスト勉強をしに来てくれたり...と「書店」だけではない「地域としてのコミュニティ」の役割を果たせていると実感できる瞬間が一番のやりがいです。
どんな時でも、本は自分に応えてくれる
末村) 富井さんが本を好きになったきっかけはありますか?
富井) 私は、三個上の姉がいるのですが、姉も本が好きで...物心ついたときから、家の中には本がたくさんありました。それで、自然とその本を手に取っていたこともあったと思います。
末村) 本のどんなところが好きですか?
富井) 懐が深いところですね。
例えば、楽しい気分になりたいときには、わくわくする本があるし、逆に辛さを感じたときでも慰めてくれる本があるとか...自分がどんな状態のときでも、自分に応えてくれる本の懐の深さが好きです。最近はコスパとかタイパとかっていう言葉をよく聞きますけど、読書って時間を贅沢に使ってるし、そういう忙しさから離れる"自分だけの時間"を作っているのかなという感覚もあります。あとは、やっぱり本って「知の集積」だと思います。大学の図書館とかもそうだと思うのですが、"知を蓄積する場所"っていう機能もありますよね。そういった意味では、本屋を町で構えることは、その拠点の中での知を集約する場所みたいな、そういう機能を持っている書店も好きです。
末村) 今後はどんな活動をされていく予定なのですか?
富井) 現段階では、とにかくまずは塾に一番注力する予定です。一方で、この間のネイリストさんと知り合って、2階のスペースで場所を貸してネイルサロンを開くといったコラボも決まっています。まだ決まっていませんが、もし何か先の展開が見越せるようであれば、「この時間はネイルサロンこの時間は塾、この時間は〇〇みたいな...」場所の使い方とかをしていけたら面白そうだなとも思っています。
末村) 高校生と大学生の中で、今まで本を読んでないような人たちに向けたおすすめの本ってありますか?
富井) 人によっては恥ずかしいと感じるかもしれないですけど、絵本ですね。普段あまり本を読まず、活字に抵抗があるなら短めで簡単なものがいいですよね。短編とか短めの小説とかもおすすめです。
末村) おすすめの小説教えてほしいです...
富井) やっぱりちょっとベタですけど、星新一さんのショートショートですね。あと読みやすいのは、ちびまる子ちゃんの作者のさくらももこさんのエッセーとかですかね。このあたりは、うちでも売れています。面白いし読みやすいので、本が苦手な人でもハードルが低いんじゃないかなと思います。
末村) さすがにおすすめの絵本とかはないですよね(笑)。
富井) ありますよ!(笑) 。 私が一番好きな本で『おおきな木』という絵本です。絵本って結構、言葉がストレートで短い言葉で語られるので、ある程度年を重ねたからこそ響くというか。自分も大人になって読み返したら、「小さい頃はよくわからないで読んでいたけど、本当はこんな本だったんだ...!」とか...以前読んだときと全然違う受け止め方をしたりとか...気づきが大きいですね。他にも、自分が小さいときに読んでいた絵本をもう一度開いてみることもおすすめです。
末村) 最後に、最初の一歩を踏み出す勇気がない高校生や大学生に向けてメッセージをお願いします。
富井) 私の経験から言えることだと、「どんな経験にも失敗は存在しない」ということですね。なにかやってみて、その時点では落ち込んでしまうことはもちろんあると思います。でも、後から振り返ったときに、「あの経験があったから...」って思える日が必ず来る。だから、何事も恐れずに"まずはやってみる"こと。たくさんチャレンジしてほしいです。
インタビュー / 文:末村 洋人(早稲田大学 文化構想学部 2年)
文 / 編集 / 写真 : 中村 結(早稲田大学 人間科学部 3年)
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