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映画感想文「パラドクス」 過去から逃げられない
〇リアリティーのある設定
2014年のメキシコ映画。パラドクスより原題のインシデントのほうがこの映画の意図に合っている気もする。インシデント(予期していない、特定の場所と時間に発生した問題)についての物語だと思うので。
〇ひとつの事件は警官のマルコと犯罪者のオリバーとオリバーの兄のカルロスに起きた事件。マルコはオリバーを逮捕するために彼の家を訪れる、だけど兄のカルロスが弟のオリバーを庇って二人は逃走する。兄弟はビルの階段に逃げ込み無実の方のカルロスがマルコに銃で撃たれて重傷を負う。この予期していない事故により異変が発生して、三人はこのビルの階段から出られなくなりループする世界に閉じ込められる。
銃で撃たれた傷が悪化してカルロスはすぐに亡くなるが、マルコとオリバーはループの中から出られないまま、歳を取り続け35年後に老人となったマルコは死にかけている。
〇別の場所の家族の話、母親のサンドラと二人の子供ダニエルとカミラは、新しい父親のロベルトと共にサンドラの元夫の家に行くために車で旅をしている。妹のカミラには喘息の持病があり定期的に薬が必要、だけど新しい父親のロベルトはその薬を壊してしまい、カミラの兄のダニエルも予備の薬を家に忘れてきてしまう。
ここではこれが予期しない事故となり、この家族は田舎の一本道から抜け出せなくなる。妹のカミラは薬がないためにすぐに亡くなり、母親のサンドラも死に、義父のロペルトとダニエルだけが生き残る。(罪?を犯したから)
〇この一本道でループしている世界でも35年後に老人になったロベルトが死にかけている、ただロベルトは死の間際にダニエルは警官のマルコと同一人物と語って死ぬ。ここで観客は混乱する。少し設定が強引なのではと思う、というのは、もうひとつのビルの階段のループ世界でも死の間際にいる老人になった警官のマルコ(ダニエルでもある)がオリバーにロベルトが教えてくれたこの不可解なループの真相を伝えるからだ。
ここで何も関係がないと思われていた二つの場所がダニエルとマルコが同一人物(魂が同じということ?並行世界?)ということでつながる、だけどこれが本当にパラドクスなのだろうか。
確かに間違いなく現実に起きたと断言できることは人の死だけだと思う。生きている人が語る過去の話はどこまで行ってもその人の主観的な話で、その人が体験したという話は、他の人から聞くと全然違う話に聞こえる。
だけど、そういう微妙に違うそれぞれの体験談が、一人の人間の死によってもつれた糸みたいに結びついてどうにもならなくなることはある気がする。特にトラウマになるような人の死を複数人で体験した場合、そこにいた人たちはこの映画の登場人物のように、自分一人だけ勝手に人生をやり直すことは出来ないのかもしれない。
だから、ロベルトとマルコが死ぬことによって孤独になったダニエルとオリバーはやっと取り返しのつかない過去のトラウマから解放されるのかもしれない。他人が死ぬことによって解放されて自分が生きられるという、どちらかというとこちらの方がパラドクスということなのか。
あのループして抜け出せない世界に一番近い場所はどこかと考えると刑務所なのかもしれない。罪を犯した人を刑務所の中に長い時間閉じ込めるというのは、仕方のないことだと思うけれど、これが人間にとって最大の苦痛だと思うので残酷なことは間違いない。何かの小説で収容所に監禁されていた人が、狭い室内の中で過去の記憶が現実のように見えた、みたいな描写があって、確かにそういうことはあるのかもしれない。