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謎解き『舞姫』➈(森鷗外)――「一抹の雲」の意味――
(4) 「一抹の雲」の意味
帰国の船中での豊太郎の心中は次のように描かれています。
――此の恨は初め一抹の雲の如く我が心を掠めて、瑞西の山色をも見せず、伊太利の古蹟にも心を留めさせず、中頃は世を厭ひ、身をはかなみて、腸日ごとに九廻すともいふべき惨痛をわれに負はせ、今は心の奥に凝り固まりて、一点の翳とのみなりたれど、文読むごとに、物見るごとに、鏡に映る影、声に応ずる響きの如く、限なき懐旧の情を喚び起して、幾度となく我が心を苦しむ。――
本文は、「初めは…、中頃は…、今は…」となっており、自然な心境の変化のように書かれています。
この心理の変化も、豊太郎は内心エリスを日本に呼び寄せるつもりであったと解釈するなら、合理的に説明できます。
私の考えによれば、豊太郎は出港直前にエリスとその母に自分の計画を説明し、彼女らの了承を得ていました。
エリスは狂っていたので、実際は母の了承を得ただけかもしれませんが。
エリスの母とて、豊太郎の計画を聞いたところで、すぐには信用できなかったはずです。
エリスの母を説得するため、豊太郎はかなり苦労したことでしょう。
しかし、ともかく計画の第一歩を踏み出すことができました。
とすれば、出港直後の豊太郎がひとまず安堵していたとしても不思議ではありません。
豊太郎は困難なミッションの第一段階をクリアした満足感に浸っていますが、エリスのことを忘れたわけではありません。
それが「一抹の雲」という表現になったのです。
ですが、その安堵や満足感は一時的なものに過ぎず、時が経てばすぐに心の底に蟠っていた「恨み」が頭をもたげ、彼を苦しめます。
自分のせいでエリスを狂わせてしまったことへの激しい後悔と自責、善意の人ではあるが結局エリスを狂わせる引き金を引いた相沢への遺恨、あるいは自分の運命への怨嗟も含まれていたかもしれません。
豊太郎はあまたの苦悩に責めさいなまれ、「腸日ごとに九廻すともいふべき惨痛」に襲われます。
その嵐が吹き荒れた後、恨みが「一点の翳」となるのも私には自然な心の変化であるように見えます。
どんなに激しい苦悩も永続するわけではありません。
ですが、消えてしまうわけでもありません。
ただ「一点の翳」となって心の片隅に盤踞し、事あるごとに自分を苦しめるのです。
以上、『舞姫』を巡るいくつかの重要な論点は、豊太郎がエリスを捨てなかったとすることによって、明快に解釈できることをお示ししました。
しかし、多くの方は「エリスとその子を日本に迎えるなど、『舞姫』のどこに書いてあるのか、どこにもそのようなことは書かれていないではないか」とお感じのことでしょう。
これは当然の疑問です。
確かに豊太郎はどこにもそのようなことは書いていません。
ですが、私は、豊太郎がその決意を明確に語らなかったのには理由があると考えています。