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謎解き『舞姫』⑧(森鷗外) ――エリスの母が豊太郎をおとなしく日本に帰国させた理由――

(3) エリスの母が豊太郎をおとなしく日本に帰国させた理由
 手記の中では、エリスの母は豊太郎の依頼に納得し、特に騒ぐこともなく彼を帰国させたように見えます。
 それはなぜでしょうか。
 それは、豊太郎からエリスとその子の将来についての保証、つまり「必ずエリスとその子を日本に呼び寄せる」という保証を得たからです。

 エリスの母が納得するかしないかだけの問題ではありません。
 豊太郎はどう考えたか。
 豊太郎は結果的に倫理的であったかどうかはともかく、少なくとも彼自身は倫理的であろうとした人間です。
 例えば、豊太郎は天方伯から「我と共に東に帰る心なきか」と問われ、自分の将来に対する恐怖から思わず「承り侍り」と返答してしまいます。
 その帰り道、ベルリンの町を徘徊し、帰宅後人事不省に陥ります。
 豊太郎がこのようになったのは、エリスのことを考えていたからです。
 その時の気持ちを豊太郎は「ただただ我は免すべからぬ罪人なりと思ふ心のみ満ち満ちたりき」と述べています。
 これは倫理的に自分を断罪した言葉です。
 豊太郎という人間の特徴の一つは、彼自身のその時々の判断が正しかったかどうかはともかくとして、少なくとも彼自身は倫理的な人間として振る舞おうとしているところにあり、手記もその姿勢で貫かれているように私には見えます。
 「承り侍り」という返答は倫理的なものではありませんが、それは彼の「弱き心」の表れです。
 その「倫理的」な豊太郎がエリスを捨てたのなら、エリスの母に何よりもまずエリスを裏切ったことへの謝罪を述べ、狂ったエリスの今後について依頼するのではないでしょうか。
 それが全く書かれていないのは、不自然です。
 私は倫理的な豊太郎だからこそ、何よりもまずエリスを救おうとしたと考えます。
 日本に呼び寄せるのなら、狂ったエリスの世話も、生まれてくる子の世話もエリスの母に依頼する必要がありません。
 だから私は、豊太郎は帰国する直前、エリスの母に「エリスの子が生まれる時だけのことを頼んだ」と述べたのです。

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