谷崎潤一郎『痴人の愛』
このところ、谷崎潤一郎の作品を青空文庫で読み漁っています。
紙の本では、『文章読本』や『陰翳礼讃』を読み、独特の美意識や文豪らしい風格を感じていました。
若い頃には『細雪』上下巻を読み、阪神間の優雅な暮らしぶりに憧れを抱きました。
noteにも何度か感想を投稿していますが、ちょっと妖しげな谷崎ワールドにすっかり魅了されています。
『痴人の愛』
なんとなく、この小説には、インモラルなイメージがあり、好奇心はありましたが今まで敬遠してきました。
カフェで見初めた15歳の少女を引き取って育てる、ごく普通の会社員のお話です。
ごく普通といっても、やっていることは世間一般の常識から見れば、とても普通とはいえません。
ここからして既に危険な香りです。
少女は成熟し、男性は正式に妻として迎えることを決意しますが、貞操という観念がすっぽり抜け落ちたとんでもないアバズレ女でした。
肉体で魅了し、男心を手玉にとる悪魔的な女、ナオミ。
大阪朝日新聞に連載された新聞小説とのことですが、大正期の通俗小説としては、かなり過激です。
読んでいて、嫌悪感を抱く読者も多いと思います。
裏切られても裏切られても、お金も仕事もすべて擲って、ナオミの下僕になり、堕落の道を辿る主人公の愚かさは、殆ど漫画です。
人間というもののバカバカしさ、喜悲劇をここまで赤裸々に描き切れるのは、やはり谷崎潤一郎だなと感服しました。
学校の文学史の授業で、谷崎潤一郎は耽美派と教わりましたが、美を追求し、崇拝する姿勢が半端ではありませんし、寧ろ歪んでいます。
『刺青』『卍』『秘密』『母を恋うる記』『小さな王国』『少年』など、次々に読みましたが、一癖も二癖もある谷崎の作品世界に夢中です。
『痴人の愛』を読み、『源氏物語』の葵の上を思い出しました。
幼少期に、光源氏に見初められ、理想の女性へ育てられる女性です。
そしてもう一つ思い出したのは、中学時代に読んだ星新一の短編集『ボッコちゃん』の中の『月の光』という作品です。
60代の資産家男性のご自慢のペットは15 歳の混血の少女。
赤ん坊のときにもらいうけ、言葉を一切使わず、愛情だけを注ぎ慈しみ育てます。
少女は世の中の醜いことを何ひとつ知らずに育ち、主人が与えるエサしか口にしません。
ある日、男性は事故遭い、結局亡くなってしまいます。
人間を飼育する?物語。
似ているようで、まったく趣が異なる作品です。
※ヘッダー画像の文学全集には『痴人の愛』は収録されていません。