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三本足 動物病院のカルテ
動物の医療現場では、まれに断脚をすることがあります。
手や足にガンが出来てしまったり、壊死してしまったり、麻痺してしまったりと、原因は様々です。
「残念ですが、モイちゃんの右後ろ脚は、かなり悪性のガンでした」
羽尾先生は、ポメラニアンとチワワのミックス犬であるモイちゃんのご家族に、そう伝えた。
足にできたしこりの細胞診の検査結果が、とても悪いものだったのである。
「では、どうすれば良いのでしょうか?」
一番良い方法としては、と前置きしつつ、慎重に言葉を選んだ。
「命を助けるには、手術が挙げられます」
ただし、しこりが大きいのとガンの悪性度が高いため、足の付け根から取る必要があること。
術後は三本足で不便な生活になること。
それでも転移の可能性は残ること。
などの、ネガティブな情報を伝えた。
それからポジティブな面を伝えようとした時に、ご家族のお母さんが口を開いた。
「三本足でも歩けるんですよね?」
モイちゃんは小型犬で身軽だ。
幸い太っていない。
そして犬は前足の方に体重をかける動物である。
これらのことから、慣れるまでは不便だろうけど、恐らく支障なく生活できるようになるだろう。
そんな話を、羽尾先生は滔々と語った。
「三本足でも、人よりは一本多いよね」
そうお父さんが言った時には、ご家族みんなの気持ちが、手術を受けることに決まっていたようだった。
「三本足のカラスは神様の遣いだっていうよね」
そう妹が言ったけど、姉はすかさず、
「いや、関係ないから。犬だし」
というやり取りにも、羽尾先生は救われた気がした。
後日の健診にて
診察でモイちゃんの歩き方をみたいのだけど、病院では緊張してなかなか歩いてくれない。
それを見越した妹が、散歩の時の動画を見せてくれた。
「先生みてみて、こんなに速く走れるんだよ」
そこには、前足2本と左後ろ足で、ピョンピョンと跳ねるように走るモイちゃんの姿があった。
「何だったら、前より楽しそうに見えるよね」
姉は嬉しそうに言った。
動物は足が一本無くなっても、決して悲観的になったりはしない。
それはどんな病気になっても同じで、全てを受け入れて、あるがままで文句も泣き言も言わずに生きていく。
こんな時に羽尾先生は、彼らに頭が下がる思いになる。
「お散歩中に応援されることもあるよね」
と言った母に、
「この間会ったお婆さんには、モイちゃんには励まされるわーっ、て言われたよね」
と父も微笑んだ。
「凄いですね、モイちゃん」
羽尾先生は、内心で舌を巻いた。