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まさか私がうつ?病休?受け入れがたい現実が目の前に…(第3話)

こんにちは。

言語化コーチの宮尾多希です。


自信がなく軸もなく、ブレまくってきた私が、
自分だからこその思いや強みにたどり着き、
「自分の人生」を取り戻していったストーリーを綴っています。


前回は、

自分の子育て観を語るママ友たちの姿を見て
語れない自分自身にまた無価値感を抱いていたこと、
でも、自分を大切にする感覚がインストールされて
自分を信じていいと思え、前向きになれたことを綴りました。


さて、今日は育休を終えて、職場復帰した当時のことです。
人生で最大のどん底を味わった時期。

第3話です。どうぞ。



二人の子どもを保育園に預けながら、クラス担任として復帰。
慌ただしい生活が始まりました。

しかも、復帰と同時に異動もあって、新しい学校。
さらに、育休のため延期していた10年次研修も重なりました。

新しい場所、新しい人たち、そして出張の多い研修。

でも、不思議とネガティブなものはそんなにありませんでした。

「心機一転」や「新しいことへの挑戦」は好きな方だったのと、
前回書いたヨガの教えが支えとなっていたのだと思います。


きっと大丈夫。


そう思う反面、一度はやめようと思っていた仕事だったので、
一体どうなってしまうんだろう、と不安も確かにある。

文字通り、「期待と不安」の入り混じった心境でした。

でも、起きてもないことに怖がっていないで、
やってみよう。やってみて考えればいい。

自分の感覚を大事にするようになり、強くなったなぁと思いました。


しかし、1ヶ月が過ぎると、いろんなものが体に出てきました。
ものもらい、胃腸炎、蕁麻疹・・・

昔から体だけは丈夫で、
ストレスで何か出るなんて生まれてはじめてでした。

でも、もう止まれない。
目の前に子どもたちはいるし、仕事もどんどん積まれていく。

無理をしない程度にやっていこう。
大丈夫。

だんだん自分をごまかすようになっていきました。


新しい職場の環境はというと、実はとても恵まれていました。

復帰してすぐ、1歳3歳の育児をしながらということで、
研修は仕方ないにせよ、負担のある仕事が回ってくることもなく、
我が子の発熱などあればサポートしてもらえました。

クラスの子もいい子たち。落ち着いていました。
また、夫も家事に育児に協力的。ありがたい。

「今できる最低限をやっていればいい。」

みんなにそう言われているようでした。


そんな恵まれた環境にいて、
そして、目の前にはキラキラと目を輝かせた子どもたちがいる。

もうがんばるしかなかった。

サポートしてくれている人たちを裏切るわけにはいかない。
待っている子どもたちを放っておくわけにはいかない。
応えるしかない。


でも、本当の本当は、つらかった…。


全然思ったようにできない。
育児しながらからかもしれないし、
私の能力が低いからかもしれない。

要領が悪いんだよなぁ。
みんな軽々だし、楽しそうだし。
みんな私よりも仕事を担ってるのに。
私はこんなに優遇されているのに、なんで…?

夫にお願いして朝6時出勤、休日も出勤して、
それでも中途半端にしかできない自分がいやになる。

「宮尾さん、真面目ですね」「がんばってるね!」

褒め言葉なんだろうけど、受け取れない。
だって、そうしたくてしてるんじゃないんだもん。

もっと軽やかに生きたい。
もっとゆとりもっていたい。

私は教師になるべきじゃなかったんだよ。
向いてないんだよ。



もうやめたい。
もう無理。

誰か、私を止めてよ・・・


でも、

そんなこと言っちゃいけない。
そんなこと思っちゃいけない。

みんなに迷惑をかけることになる。
みんなを裏切ることになる。

何より自分のダメさをさらすことになる。


学校では自分の気持ちを隠して、気丈に振舞い、
なんとか保っていました。
でも、心も身体もギリギリの状態。

そんなどうしようもない気持ちからか、
家では、1歳3歳の小さい我が子へイライラをぶつけてしまう。


最低な母親。


もうこんな自分やめたい。

・・・でも、やめられない。


今は大変でも、もうちょっとがんばれば、
きっと突破口が見える。

だから大丈夫。


自分をごまかして働き続けていたけれど、
心は「助けて」ってずっと叫んでいました。


助けて・・・

助けて・・・

助けて・・・・・・


ある朝、ついに、ベッドから起き上がれなくなりました。
プツンと糸が切れたようでした。

バーンアウト症候群、うつ状態、と診断。



まさか自分が病休に入るなんて思ってもいませんでした。
しかも年度の途中で。
そんな迷惑なこと、絶対にできない人間だった。
受け入れがたかった。

何より、

自分が無価値であることを、さらす

それが一番こわくて、避けたかったことでした。


先生なのに、いい大人なのに、
みんなができている当たり前のことができない。

そんな自分をさらしたら、生きていけない。


そんなふうに、いつもグッと力を入れていたんです。
何があってもがんばる。耐える。
常識からはずれるようなことはしない。
本音は隠しておく。

そんなふうに生きてきて、
内側がボロボロになっていることに気づきませんでした。

でも、ずーっと心が望んでいたことは、
助けてほしかったし、休みたかった。
ストップしたかった。

生まれて初めて、
周りの人たちを裏切って、自分の無価値をさらして、
本心が望んでいたことを選択したのが、

このバーンアウト、そして病休でした。


当時は、生きるか死ぬかの選択のように思っていたし、
本当に受け入れがたい人生の汚点と思っていたけれど、

今思うと、本当にあのとき休みに入ってよかった。

あの出来事がなければ、今の私はいなかったし、
今の幸せもなかったと思えます。


でも、当時は、人生のどん底を味わっていました。


さて、そこからどうやって今の私へと変化していったのか、
第4話に続きます。


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