『家族介護者の気持ち』⑦「介護が終わっても、介護が続いているような感覚」
「介護ぼけ」という言葉
以前、よく言われていた言葉に「介護ぼけ」があります。
それは、介護が終わった後に、何かを失ったようにぼんやりしてしまって、といったようなことを言われていて、「介護が終わった人が、介護ぼけをしないように」といったことまで言われていたような記憶があります。
これは、一例でいえば、山本則子(※1)の論文に出ているのですが、介護が生きがいになっていた人が、介護が終わったことによって、強いうつ状態になったり、過度のアルコール摂取をし始めた人が、知り合いの介護者にいる、という表現でした。それ自体が、調査した人に間接的に聞いただけ、ということなので、かなり疑問に残るものですし、「介護ぼけ」という言葉自体に、やはり感覚的に抵抗感がありました。
それは、介護が終わっあとの介護者に、「ぼけ」という言葉が合うような印象が、ほとんどなかったからです。
介護終了後の急激な変化
今でも、しかたがないとしても、理不尽に感じることが、介護終了後のことです。
それまで介護を続けているときには、要介護者のためにいろいろなサービスを利用していることが多いはずです。そうであれば、少なくとも、ケアマネージャー、ヘルパー、訪問看護師、医師、相談員、施設の職員、行政の関係者、場合によっては施設などでお会いする家族介護者の方々など、知り合いも多いと思います。
介護が辛かったりしても、そうした方々とも、いろいろと話す機会もあるでしょうし、そういう機会がそれほどなくても、デイサービス、ショートステイ、訪問介護、訪問看護や診療などを利用していれば、いろいろな方々と関わり合う日々でもあるはずです。
それが、介護が終了したあとは、一気に人が去っていきます。
それは、自然で当然なこととはいえ、要介護者が亡くなった状況に、そう簡単に適応できるわけもなく、どこか虚無感もあるはずなのに、そこに拍車をかけるように、関係者が全員いなくなっていきます。
だから、本当であれば、周囲に専門家がいなくなっていくのですから、介護者が、要介護者の死後、どんな状態なのかを正確に分かるのは難しいはずですし、この状況は、介護が終わった介護者が、まだ、とても日常に復帰できるわけもないのに、取り残されてしまった感覚になり、気持ちの面では、あまりプラスではないように思います。
介護が終わっても継続すること
個人的な実感として、介護が終わっても、まだ終わらない感覚のまま、という方の方が多いと思います。
さらにいえば、たとえば、かなり厳しく長い介護のあと、ほどなくしてご自分も亡くなってしまう介護者の方も少なくない印象です。介護途中で亡くなってしまうかたもいらっしゃいますし、それに対して、ほっとして亡くなる、といった表現をされると、どうしても違和感があります。
昔から、こんな調査結果もありました。
家族介護者から往々にして聞こえるのは、高齢者が入所・入院をしても、あるいは亡くなったとしても『介護は終らない』という感想である。 (※2)
介護が終わっても、「介護ぼけ」というよりは、どちらかといえば、「介護が終わっているのに、介護が続いているような感覚」の家族介護者のほうが、多いのではないのでしょうか。
介護後も残る2つの感覚
特に長年介護をすることによって、その介護環境に適応することによって、その感覚自体が独特になり、さらには介護終了後も残ってしまう可能性があります。
たとえば、時間に対して。そして、要介護者の死に対して。
時間に対しては、いつまで続くか分からない介護時間に適応するために、先を見ると、同じような日常が続いてしまうことが、あまりにも辛く、そのことによって、「いま、ここ」のみを考えるようになり、そのことで、時間への感覚が微妙に独特になると考えられることです。
それは、先のことが考えにくくなったりするような形であらわれることがあります。
また、要介護者の死については、介護の終わりが、要介護者の死であるので、それは、あまり考えなくなるような傾向があると思いますし、それは無理もないことだとも考えられます。
そのことで、いつのまにか、おそらくは半分くらい無意識で、どれだけ要介護者が高齢であっても、その死については、あまり意識しないようになるようです。
死という言葉や、特に要介護者が亡くなることへの具体的な話は、無意識にでも避けるような傾向が強いという印象があって、それも無理はないと思いますが、周囲の理解も必要ではないかと思います。
以上の2つの独特の感覚は、介護が終わるとともに、消滅する可能性もあります。また、しばらく残るとしても、それほどのリスクはないかもしれません。
それよりも、介護がおわったあとに残ることで、リスクがある感覚は、「自分の体調への感覚が二の次」になってしまうことです。
それは、どなたでもご経験があると思いますが、何かに夢中になると、他のことはおざなりになってしまう感覚ですが、それが、より強く、また介護も5年や10年と長くなることで、家族介護者にとっては、持続する感覚になりがちです。
自分の体調が二の次になる感覚
とても個人的なことで申し訳ないのですが、介護を始めて1年くらいたって、それで、母親も症状も安定しないので、より、自分のことについては、いろいろなことを忘れていた頃にカゼをひきました。
それも、そんなにひどくないと自分では思っていて、そういえばちょっとノドが痛いかな、くらいの感覚でした。病院に行ったら、医師に、のどのところにウミがたまっていますので、相当痛かったんじゃないですか?と言われて、不思議な思いになったのですが、家族介護者で介護が長くなる方ほど、こうした傾向が強くなると思われます。
この「自分の心身の体調に対して、二の次になってしまう」という介護者特有の感覚は、介護を継続するという意味では、介護環境に適応しているといえるのですが、この感覚は、介護が終わったからといって、そう簡単に日常的な感覚に戻らない、という印象です。長年、介護をされてきた方ほど、その傾向が強いように思います。
このことがもっともリスクになると思われるのが、介護者が病気になった場合です。介護が終わって、しばらくたったら、介護者が病気になり、痛みや不調を訴え、そのときは、すでに手遅れに近くて、介護者が亡くなる、という話は実は少なくないのではないかと思います。
これは、そのうちの何割かは、この介護者特有の、「自分の体調への感覚が二の次になる」が、介護後も続いて、そのために、通常であれば、もっと早く気がつくであろう、体調の異変について、発見が遅くなるということではないか、とも思います。
ですので、ご本人だけでなく、もし、周囲に介護を終えた方がいらっしゃったら、この点について、気を配っていただければ、と思っています。
介護を終えても
ここまで、述べてきたようなことは、私自身は理解しているつもりでした。
それでも、実際に自分が介護の終わりを経験すると、やはり、介護はそう簡単に終わらないのを実感しました。
介護が急に終わったのが、2018年の12月でした。
その日も、義母はデイサービスにでかけ、その施設で意識を失い、病院に運ばれました。その3日後に亡くなりました。103歳でした。
私自身は、1999年から母親の介護を始め、同時期に義母の介護が必要になり、母が亡くなったあとも、妻と二人で、義母の在宅介護を続けていました。だから、トータルで19年間、介護生活をしたことになります。
その時間の中で、臨床心理士となり、家族介護者への相談も行わせてもらうようになりました。こうした介護者の心理についても、インタビューや、相談や、いろいろな場面でも聞く機会もありましたし、書籍も読みました。
だから、まずは介護終了後は、1年ほどは、ほぼ休もうと思っていました。
いろいろなことは、特に経済的には厳しくても、そこで無理に日常的な生活に戻そうとすると、思った以上に蓄積した心身の疲労が重くて、それこそ、病気になってしまうように思っていたからです。そして、緊張状態に慣れすぎた心身を、少しずつゆるめていこうと考えていました。
ただ、それは思った以上に、スムーズには行きませんでした。
私は、妻と二人で介護をしてきましたから、お一人で介護をされている方に比べたら、疲労感も緊張感もはるかに少ないはずで、早く感覚は戻るかもしれない、と思っていました。
戻らないリズム
それなのに、一番、変わらなかったのは就寝時刻でした。
19年間、介護をしてきて、母は途中から入院してもらい「通い介護」でしたが、義母はずっと在宅介護で、妻と二人みてきました。
妻がもちろん主介護者でしたが、私は副介護者として夜間担当として介護をしてきて、だんだん眠る時間が遅くなりました。最終的には午前5時半くらいになり、寝る前が辛くなってきたのは事実でした。
それなのに、その生活が長く続いたせいか、介護が終わったのはわかっていても、早く寝るのが、なにか怖かったし、どこか悪いことが起こるのではないか、といった気持ちが抜けませんでした。
それでも、深呼吸など、意識的にリラックスするようなこともしていたのですが、2019年の2月くらいには、おそらく生まれて初めてインフルエンザにかかって、高熱の苦しさを味わい、本当に命が危ないような感覚になるのも知ったりしましたが、それからも、体調はそれほどすっきりとはよくなりませんでした。
やっと午前4時くらいに眠れるようになったのが、介護が終わって1年くらいたってからで、これから、本当にどうなるのだろう、という気持ちになりました。
それでも、それをもう一押ししたのは、今までは全部断っていた午前中の仕事を、週に1度だけだし、それでもすごく朝早くないので、妻にも勧められたので、思い切って始めたことでした。
週に1度でも早く起きることで、他の日も、午前2時くらいには寝る気持ちにやっとなれたのが、介護が終わってから1年と5ヶ月くらいでした。最後は、外的環境を変える必要があったのかもしれません。
それでも、だんだん日常的な感覚に戻すための、1年くらいの時間がなかったら、体調を崩していたという感覚はあります。
それは、一種のぜいたくかもしれませんが、もしも、無理していたら、と想像すると、今でもちょっと怖くなります。
介護終了後に必要なこと
介護が終わった感覚になれたのは、たぶん最近で、だから、状況によっては、この移行に丸2年かかっても、おかしくないのだと思います。(3回忌という時間の設定に意味があるのでは、と最近、特に思うようになりました)。
やはり、特に、10年以上など長い時間介護をされていたら、そこに本当に適応して、大げさにいえば体質まで変わっているのですから、そこから日常的な感覚に戻すには、かなり時間がかかることを周囲も理解してもらえたら、と思っています。
そこで無理をすると体調を崩してしまうので、十分に時間をかけることが前提だと思います。
そして、その時間の中で、意識的にリラクゼーションを取り入れたり、できたら、同じように介護を終えた方々の、セルフヘルプグループがあれば、そこに参加されたり、もしくは、「介護相談」も介護終了後は、1年ほどは継続できれば、と考えています。
こうした提案などは、特に介護の専門家の方々にとっては、ぜいたくな事にも、今は思われるかもしれませんが、結果的に家族介護者の心身の健康にいい影響を及ぼし、長い目で見ると心身の回復が、実は、早くなると考えています。(こうしたことの研究や調査は、まだこれから、さらに必要だとは思いますが)。
今回は以上です。
(引用文献)
※1 山本則子(1995d): 痴呆老人の家族介護に関する研究 嫁および嫁介護者の人生における介護経験の意味 4.介護しなければいけない現実と折り合う・介護の軌跡・結論 看護研究 , 28(6) , 481-500
※2 高橋龍太郎・須田木綿子(2010): 在宅介護における高齢者と家族 都市と地方の比較調査分析 日米LTCI研究会 (編) ミネルヴァ書房 p12 , p226
(※2020年の記事の再投稿です)。
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