見出し画像

『家族介護者の気持ち』⑧「介護しないと分からない」。

「介護しないと分からない」という言葉

 今回は、「家族介護者の気持ち」⑧「介護しないとわからない」を考えていきたいと思います。

 もし、読んでくださっている介護の専門家の方にとっては、もしかしたら、「介護しないと分からない」という言葉を、家族介護者から言われて、いやな思いをされた場合もあるかもしれません。

 だから、こうした言葉に対して、ネガティブな印象もあったり、どんなことでも、当事者でないと分からないことはあるのだから、言う必要はあるのだろうか、といったようなことを思ったりされるかもしれません。

 ただ、この言葉に対して、私自身、家族介護者の時に、よく聞いたり、もしくは自分でも言った記憶もありますが、その頃から、微妙に不思議な気持ちもありました。

 分からないというのは、何が分からないのだろうか。
 分からないと思うことは、実は、人によって、違うのではないだろうか。

 介護をしている時は、自分もそうでしたが、余裕がありませんから、そんな考えを深める機会もなかったのですが、臨床心理士になろうとして、勉強を始めたあたりから、その「介護をしないと分からない」が、もう少し明確になれば、介護者への理解も進むし、有効な支援も可能になるのではないか、と思うようになりました。

 この「家族介護者の気持ち」シリーズは、①から⑦まで書いてきたので、ずっと読んでくださっている方にとっては、「介護をしないと分からない」が何なのか?については、ある程度以上、理解していただいたのだと思っています。

 ですので、改めて「介護をしないと分からない」を考えるのは、そうした方にとっては、繰り返しになる部分も出てきてしまいますが、よろしかったら、読んでくださると、幸いです。

「介護環境」

 これまで家族介護の負担が語られる時は、多くは具体的な介護行為についてでした。

 たとえば、専門家が「3大介護」としてあげるのは、入浴、食事、排泄、であって、その介護や介助は、もちろん負担であることは間違いありません。そのことについては、多くの場合、複数の要介護者に対応しているプロの介護者の方が、はるかに経験値も高く、その介護行為の負担についても、熟知している可能性も高いと思われます。

 介護の専門家にとっては、常に何人も介護をしなくてはいけないのに、一人しか介護をしていない家族介護者の大変さが、本当の意味でわからない、と思われている方もいらっしゃるかもしれませんし、それは、もっともな気持ちだと思います。

 家族介護者と、介護の専門家の違いを考える時に、おそらく考えるべきは「介護環境」だと思います。

 ここまで何度か述べてきているので、繰り返しになりますが、「介護環境」は、大枠では「3つの基本構造」で、できています。

① 突然、介護者になる → 危機
② いつまで続くかわからない →終わりのない拘束感
③ 介護が終わるのは、要介護者の死である → 長いターミナルケア

 こう書くと、簡単ですが、ほぼすべての家族介護者は、この「介護環境」の中で生活し、生きています。特に、②いつまで続くか、わからない という状況には、人間であれば慣れることが難しく、そのストレスに強く心身を消耗させられてしまうことが多いと思います。

「介護しないと分からない」感覚

 家族介護は、場合によっては、大げさでなく24時間365日体制で「いつまで続くか分からない」になってしまうのですが、こればかりは、家族介護者とならなければ、おそらく体験するのは難しいと思います。

 これは、時々、気分転換をすればいいのでは、と思われて、確かにそれが出来ればいいのですが、介護が長くなるほど、気持ちを変えてしまうと、次に介護に対して気持ちを入れる。その繰り返しが、辛くなることが多く、それならば、ずっと薄い緊張状態のほうが、長い介護生活に適応しやすい、という家族介護者が多いのだと思います。

 この感覚が、おそらくは「介護しないと分からない」要素の一つだと考えられます。

 そこに「基本的には、きちんと介護をすればするほど、その介護期間は長くなる」という微妙に矛盾した要素まで加わるのが、家族介護の日々で、こうした“負担感”のために、様々な工夫や努力をしたとしても、長く介護が続けば、「介護時者自身の病気・介護うつ」にまで追い込まれたり、要介護者に「死んでほしい」と思うところまで行ってしまう場合も少なくありません。

 ここまで追い込まれるような感覚も、家族介護者であれば、ほとんどの人が、「他人事ではない」といった感覚であるのですが、その感覚自体も「介護しないと分からない」要素だとも思います。

「介護をしないと分からない」が、伝えられてこなかった理由

 どうして、「介護をしないと分からない」感覚は、広く知られてこなかったのでしょうか?

 この感覚は、厳しい環境の中での感覚なので、その時間が終えると、保持しにくいと思われます。

 それは、辛いから、という理由が、まずあると思います。介護環境に適応するための感覚ですから、やはり思い出すのは、厳しい部分があるのも自然です。


 もう一つの理由としては、その感覚が、言葉にしにくいから、ではないでしょうか。日常的とはいえない感覚なので、介護が終わってしまうと、再現するのも難しい可能性もあります。


 さらに、こうした「介護しないと分からない」感覚は、さきほど述べた、要介護者に「死んでほしい」と思ったり、「介護者自身が病気」になるほど追い詰められるような介護環境で感じられるようなこと、だと思われますので、家族介護者すべてが、その感覚を知っているわけでないところも、「介護をしないと分からない」が、伝えられていない理由かもしれません。


 この「介護しないと分からない」感覚は、家族介護者同士が集った時に、ため息とともに語られていたように記憶しています。

 それは、介護を続けている限りは、大げさでなく、限界を超えている方がほとんどで、そうした環境に適応している感覚を持ちながら介護を続けているにも関わらず、そこを理解しない上で、さらに「こうするといいですよ」と、介護の専門家から、善意での「正しい」アドバイスがあったりすると、ため息と共に語られるような、どちらかといえば、内側に向けての「介護しないと分からない」だと思われます。

「夜と霧」

 ナチスドイツによって罪もないのに収容所におくられるという過酷な体験をした心理学者のフランクルは、こう述べています。

「われわれは自分の体験について語るのを好まない。何故ならば収容所に自ら居た人には、われわれは何も説明する必要はない。そして収容所にいなかった人には、われわれがどんな気持でいたかを、決してはっきりとわからせることはできない。そしてそれどころか、われわれが今なお、どんな心でいるかもわかって貰えない」

 これは、安直に比較することは不適切かもしれませんが、家族介護者同士が「介護しないと分からない」とため息と共に語られる光景と、どこか通じる部分があるように思います。

「介護しないと分からない」は、もうひとつある

 この「介護しないと分からない」には、先ほどから述べている、厳しい「介護環境」を生活する中で、初めて体験される独特の感覚とは別に、ある特定の状況で強調される、もうひとつの「介護しないと分からない」が存在するのも、いろいろと見聞きして、考えると見えてくると思います。

 その、もうひとつの「介護しないと分からない」が発せられる状況とは、在宅介護から要介護者を入院もしくは入所させる時に、家族介護者本人によって、「外側へ向けて」語られるのですが、それは、こんな話で代表されているのだと思います。

入所の日も、なかなか動かない父親の前に、散歩してそれで送って行こうという思惑はうまくいかず、施設に電話をして頼むことになってしまった。
 男性と女性の職員の方が迎えにきてくれました。嫌がる父を後ろから抱きかかえるようにして、車に乗せてくれたのです。
 その姿は、羽交い締めにされて、引きずられていくように見えました。もう、言葉になりません。これだけはしたくなかった、こんな場面だけは見たくなかったという状況が目の前に展開されていたのです。父が乗った車の後ろから、私は主人と一緒に車に乗ってついていきました。涙が止まりませんでした。
 あれからもう三週間が過ぎました。しかし、気持ちの整理はついていません。とにかく残念でたまらないのです。住み慣れた家で、最期まで暮らしてほしかった。それができなかった。させてあげられなかった自分が腹立たしくて。頭のなかで、そんな想いがぐるぐると回っています。この気持ち、介護を経験した人でなければ絶対に理解できないと思います。

 こうした思いは、この本の著者だけでなく、他の家族介護者から聞かれることでもありますし、他にも、『そうかもしれない』(耕治人)では、施設入所の時だけ、それまで淡々と介護を続けた家族介護者の思いがあふれる描写もあるので、やはり、この場面で「介護をしないと分からない」は、どちらかといえば「外側へ向けて」あふれだすように言われることだと思います。


特定の状況で「介護しないと分からない」が、強調される2つの理由

 こうした時に、どうして、「介護しないと分からない」「外側へ向けて」発せられるのかを考えていきたいと思います。


 まず、理由の一つとして考えられるのは、この時に感情が強く意識されたせいだと思われます。

 入所、もしくは入院を決意するまでの在宅介護で、おそらくは家族介護者は、かなり追い詰められていて、抑うつ状態でもあることが多いですし、過酷な介護状況では、目の前の出来事に対応することが優先され、まるで感情がないかのように振る舞い続けた可能性もあると考えられます。

 入院や入所が決まって、実際に要介護者が家から移った後は、家族介護者も、前よりは眠れるはずですから、在宅で介護を限界を超えるように介護をしている時から比べたら、体への負担が減ってくるのも事実だと考えられます。

 その段階になって、ほんの少し体に余裕が出て来たことで、気持ちにも動きが出て、急に感情的なものが吹き出すようなこともありえます。それまでの感情の蓄積が、一気に蘇えり、辛さも押し寄せて来て、だから、改めて、「この気持ちは、介護しないと分からない」と、強く意識されるかもしれません。

世間からの見られ方

 もう一つの理由として推測されるのは、施設入所、または入院に対しての“世間”からの見られ方に対しての、反発する気持ちが存在する可能性です。

 施設入所、もしくは入院に対しての“世間の目”は、残念ながら、決して好意的とは限りません。

 在宅介護から施設入所に切り替えた介護のことを“在宅介護の破綻”(朝田 , 1991)と表現する研究者がいます。また、“日本では、施設のケアワーカー自身にも「家族に囲まれた高齢者がベスト」であるという家族主義規範が強い”(笹谷 , 2005)という指摘もあります。

 そうしたことは、現在でも、まったくないとは思えません。

 さらに、入所に理解があり、介護に関しても詳しいと思われる介護の専門家からも、こうした解釈をされる可能性もあります。

“家族は介護ができなくなっていました。なぜならば父だからです。母だからです。あの厳格な父がウンコを食べているわけですから。家族からすると、「お父さんしっかりしてくださいよ。いままで僕を育ててくれたお父さんはどこへいってしまったのですか」ということになります。いままでのいきさつや関わりが深いほど、いまある父をとらえることができない。そして大切な人を大切にできないとなってきます。ここを相談員やケアマネージャーがしっかり抑えていきます”(高口 , 2005)。

 これは、もちろん経験に基づいた専門家の正しい見方の一つであると思います。ただ、施設入所や入院に、やむをえず踏み切った家族介護者が聞いたら、反発をおぼえるような解釈だと思います。

 それに加えて、入院や入所に際して、身内から批難されることもありえます。

「介護しないと、わからない」への対応

 施設入所、もしくは入院に踏み切った際に、自責の念も含めて、いろいろな思いがうずまいている上に、これまで述べてきた周囲の見方への、意識的に、もしかしたら無意識に近い反発心もあるので、「介護しないと分からない」という言葉が「外へ向けて」発せられているのかもしれません。

 家族介護者は、追い詰められている場合ほど、周囲の微妙な否定的な見られ方に対して、敏感に察するもの、という印象もあります。

 こうした、もしかしたら反発心が含まれているかもしれない「介護をしないと分からない」という言葉を向けられてしまうと、支援をしている側であれば、反射的に、反発心で応えてしまう可能性もあります。

 ただ、この「介護しないと分からない」という言葉にも2種類の意味があるかもしれないと推測し、その「介護しないと分からない」と言わざるをえないような気持ちを想像するだけでも、家族介護者の気持ちの理解へと近づく可能性はあります。

 その上での支援の方がより届きやすくなるのではないか、と思いますが、いかがでしょうか。

 今回は、以上です。




(引用・参考資料)
朝田隆(1991): 痴呆老人の在宅介護破綻に関する検討 問題行動と介護者の負担を中心に  精神神経学雑誌  , 93(6) , 403-433
笹谷春美 (2005): 高齢者介護をめぐる家族の位置 —- 家族介護者視点からの介護の「社会化」分析 —   家族社会学研究 , 16(2) , 36-46
高口光子(2005): リスクは介護現場にある、自分自身にある 下村恵美子・高口光子・三好春樹(著)「あれは自分ではなかったか」 グループホーム虐待致死事件を考える ブリコラージュ  p55





(※2020年の記事の再投稿です)。



#介護相談       #臨床心理士  
#公認心理師    #家族介護者への心理的支援    #介護
#心理学     #臨床心理学
#家族介護者   #自責の念   #うしろめたさ  

#介護しないと分からない   #介護の専門家

 #施設   #病院 #コロナ禍


 この記事を読んでくださり、ありがとうございました。もし、お役に立ったり、面白いと感じたりしたとき、よろしかったら、無理のない範囲でサポートをしていただければ、と思っています。この『家族介護者支援note』を書き続けるための力になります。  よろしくお願いいたします。