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「子どもに手渡したしいことは遊び心と友情の大切さ」 ルアンルパ イスワント・ハルトノさん:クリエイティブ・ペアレンツへのインタビュー第15回

今回は建築家でありアーティスト、そしてアート・コレクティブのルアンルパのメンバーでもある、インドネシアをベースに世界で活躍するIswanto Hartono/イスワント・ハルトノさんへのクリエイティブ・ペアレンツインタビューです。ルアンルパは5年に一度ドイツで開かれる世界で最も重要なアートの祭典、ドクメンタ15、2022年開催の芸術監督に就任しました。イスワントは、もうひとりのメンバーの家族と共に、ジャカルタからドクメンタが開催されるカッセルに住まいを移しました。

ルアンルパはインドネシアのジャカルタを本拠に様々な分野の複数のメンバーからつくられたアーティスト・コレクティブです。彼らは現代都市の課題を周囲の人々とシェアし、活動しながら、そこで獲得されていく様々な叡智を誰もが使うことができるオープン・ソースにしています。これはインドネシアの伝統的なコミュニティで共有される米蔵<ルンブン>のシステムに基づいています。こうした活動に共感する人々や仲間が集まり、対話する場“ルルハウス”を設け、グループだけでなく地域の人々の活動のベースとなる空間をつくり続けています。それは小さなリビングルームから始まり、転々と居を移動する中で大きく育ててきました。ドクメンタ15の舞台となるカッセル市街でも、このルルハウスを作り、様々な住民と共に暮らしの中で生まれる課題を探り、それに向けての対話・思考・活動がスタートしています。彼らのモットーは、“make friend , no art” /「アートではなく友達を作ろう」です。ルアンルパは、アジア出身者として初めてのドクメンタの芸術監督であり、アート・コレクティブがこの芸術監督を務めるのも初めてです。

インタビューでは、そんな彼が子育ての中で大切にしていること、インドネシアとドイツでの子育ての中で見えてくることを話してもらいました。

「我が家は、23歳の娘Gladya Senandini、20歳の息子Gladyo Staryamaそして10歳の息子Jim Nara Ananta Rayaと妻のGina Santiyanaの5人家族です。上の二人は大学で学びインドネシアで自立して生活しています。ドキュメンタの準備のためにドイツのカッセルに移り住んだのは、10歳の息子と私たち夫婦です。ジャカルタからこちらに移り住んで2ヶ月です。」

− 名前は親から子への初めてのギフトですが、名前にはどの様な意味が込められていますか?

「私にとって名前は、とても大切な意味があります。息子の名前Jim Nara Ananta Rayaの、Ananta Rayaはサンスクリット語でlearning Universe宇宙を学ぶという意味です。Naraは、言って見れば、聖なる宇宙のスピリット、というような意味で、日本でも同じ音の言葉がありますよね、そこにはきっと共有される意味もあるはずだと思います。息子の名前はインドネシア的文脈だけで名付けたのではなく、サンスクリットや日本語というようなアジアの文脈も持っています。Jimは私が大好きなアメリカのシンガーのJim Morrisonジム・モリソンから取りました。息子にはファミリーネーム(家族名・姓)を付けていません。私の姓はHartonoですが、これはスハルト政権下では、中国名を名乗ることが許されていなかったので、我が家の中国名を変えなければならず付けた姓です。だから私たちの家系と何も関係の無い名なので、息子には姓を付けませんでした。」

− 姓を付けなくても、法律的には問題がないのですか?

「インドネシアでは、姓を付けなくとも問題はありません。」

− それは日本とは、異なりますね。日本では結婚すると夫婦のどちらかの家族の姓を名乗ることになります。夫婦別姓が認められていません。多くが夫の姓を名乗っています。家族制度が国のベースとして考えられているからです。夫婦別姓にできないことはこの数年毎年国連から注意を受けています。男女均等に反すると。女性が結婚することを「嫁入り」とか「家に嫁ぐ」という表現がされますが、海外からは日本の様な先進国が、女性の結婚を人身売買の様な呼び方が今もされていることにショックを受けるとまで言われています。日本政府は、断固としてこの制度を変えませんね。私もワーキングネームは旧姓を使っていますが、戸籍の姓と異なることで、面倒なことになることもあります。

− イスワントさんはかつてとてもクールな印象でしたが、お子さんが生まれて自身が変わったことがありますか。それはどんなことですか?

「大きく変わりました。アーティストというのは働く中で強いエゴもあり、その中で自分自身だけで過ごす時間が多くあるものだと思うのですが、アーティスト、建築家としての仕事の面でも大きく影響しました。まず世界の見方が、大きく変化しました。それまでは自分自身の知覚の仕方でものごとを見ていたのですが、子どもが生まれてからは、この子がどうやって世界を見ているのだろうという見方で、彼の目線、子どもの目線でも世界を見るようになりました。自分のことだけを考えてはいられませんから(笑)。でも、彼が生まれ出てくる前、まだ胎児だったときも、いろいろイマジネーションを膨らまして彼の見る世界を視覚化して見ようとしていました。子宮のなかにいるときから、さまざまな音楽を聴かせてあげて、それこそインド音楽からクラシックまで、日本や中国の音楽も、考えうる全部の音楽をお腹の中の子に聴かせてあげました。

自分がアートと向き合う時も、イマジネーション、視覚化、そして希望を大切にするようになったと思います。子どもが生まれたことは、わたしの自分自身との関係、仕事の仕方、世界の見方、そしてアートに対する感受性すらも変えました。わたしが一人でいるときは自分のことだけを考えていたのですが。本当に大きく変わりました。子どもから受けるものは、ずっと続く一生涯の学校や学び(life time school、life time learning)のようなものだと思います。わたしたちはいろいろな人から学ぶことができますが、子どもから学ぶことはそのどれとも全く違う体験です。

− カッセルに移られてからの暮らしは、どの様ですか?ジャカルタに住まわれている時と何が変わりましたか?

「カッセルは、小さい町なのでほとんどの暮らしが徒歩圏内にあります。仕事場も子どもの学校も公園も買い物も全て徒歩で済ませることができます。ジャカルタは、大都市で車での移動も大変混雑しているので、仕事場と家も往復もとても時間がかかりました。予測できないほどの時間がかかることが度々ありました。

その様なこともあるので、息子は2歳半から家の近くの私立の幼稚園に入れて、小学校も同じ学園に通っていました。だから友達も多くいましたが、3月からコロナによってロックダウンで、学校も閉鎖されました。今もロックダウンは続いています。ですからカッセルに移るまで、息子は学校に行く機会がありませんでした。」

− カッセルでの息子さんの学校生活は、どの様ですか?

「公立の小学校に通っています。まだ通い始めて2週間ですが、とても楽しんでいます。長い間通学して友人たちと過ごす時間がなかったので、とても嬉しい様です。」

− 事前にドイツ語を習ったりしたのですか?

「全くドイツ語は事前に学んでいません。ただ学校に飛び込んだ感じですが、自然に馴染んでいる様です。私の仕事で数回ヨーロッパに連れてきていたので、ヨーロッパのイメージはある程度持っていました。子どもには、カッセルに移り住むことを少しずつゆっくりと話して、徐々に理解してもらいました。

実際移り住んでも、子どもは大人とは吸収力が違い優れていますから、自然に打ち解けています。息子の小学校はリフォーム・スクールと言って、3学年で一つのクラスが作られています。異年齢の子24人でクラスは、構成されています。」

− ジャカルタとカッセルの教育で、何か異なる点がありますか?

「ジャカルタでは、宿題もたくさんあって、多くの科目を勉強しなければなりませんでした。子どもに余裕があまりありませんでした。カッセルでは、学ぶことがジャカルタの様に多くありません。宿題もありません。個人の興味を生かせる場が学校の環境にあります。息子は8歳の時に楽器屋さんに連れて行ってこの中の楽器の何を演奏したいか?と聞いたところバイオリンを選びました。小さい時から様々な音楽を聞かせていたからか、音楽が大好きです。バイオリンを演奏するので、学校のオーケストラに入りました。そしてパーカッションも演奏している様です。この様にいわゆる教科の勉強ではなくて、個人の興味にあったことができることが、とても良いと思います。」

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− ジャカルタのロックダウンの下では、どの様に過ごされていましたか?

「小学校の授業は、全てオンラインでした。まるでホーム・スクーリングになった様でした。家族と共にいる時間が増えたので、料理を一緒にしたり、ドローイングを一緒にしたり、とにかく一緒によく遊びました。ロックダウンになる前も、私は子どもとよく遊んでいました。レゴで一緒に何かを作ったりしていましたが、特にタイタニック船のモデルを作るのは、楽しみでした。私も小さい頃から、プラモデルを作ることが大好きでしたから、その延長で、楽しめます。公園では、自転車やキックスケーターも一緒に楽しんでいます。息子には、とにかく遊ぶことを勧めています。何事も決して強要はしないのですが。子どもは自由に選択できることが大事だと思っています。ただし、インターネットを使ってのゲームには、週に2回と制限をつけています。」

− お子さんにどの様な環境を作っていますか?お子さんは、イスワントさんの仕事をどの様に感じているでしょうか?

「ジャカルタの大学で教えているときは、大学にも子どもを連れて行きました。自分のオフィスにも、アトリエにも連れて行っています。オフィスで建築模型を見たり、自然に図面を見たりして、ドローイングを描いたりもします。スタジオでは、ペインティングを描いたりもしています。でも、決して強要することはありません。子どもの自然な気持ちと心に任せています。」

− お子さんに伝えたいことは何ですか?

「まずは、いろいろなものと遊んでみるという精神です。これは自分がアーティストとしてもいつも遊び心を大事にしていることとも繋がります。僕の東京での展示とかもそうですが、少年時代からのイマジネーションとつながるおもちゃのような感じがあります。物事を遊び心を持ってプレイフルに見る価値、を大切にしています。そうすることで、さまざまなオプションが見えてくるし、ひとつのものだけで満足してしまうこともなくなります。

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[Flower(2008) Iswanto Hartono. トーキョーワンダーサイトにて展示 ]

もうひとつは友情です。自分は大勢の友達に囲まれています。学生時代を思い返してみても、友人に困ったことはありませんでした。自分は人と喧嘩するようなことが好きではないですし、友情というものは自分の人生の中でとても大切なものです。自分の仕事やキャリアのなかでもそうです。

なので、子どもには友達を作ることがどんなに素晴らしいか、という友情の大切さを伝えたいと思います。良い友達ができれば、それは、ずっと続く、一生涯のものです。お互いを助け合い、語り合い、必要とし合うこと。本当に大切なことの一つです。

− イスワントさんとお子さんの関係もきっと友達のような関係なのですね。

「はい。友達のような関係です。日本やインドネシア、中国の様なアジアの家庭では父母や年長者を敬わなければいけないというような伝統がありますが、わたしはいつも子どもたちを友達のように扱います。」

− あなたの友人たちも、お子さんにとって大きな環境なのですね。

「もちろんです。ルルハウスに行けば友人たちがいるので、子どもが私の友人にいつでもすぐに出会えますし、様々な影響を受けていると思います。はっきりとそれが見えてくるのは、もう少し成長してからかもしれませんが。

私の父親は、私に何か特定の分野の勉強を強いたり、特定の職業につく様に話したりすることは、全くありませんでした。そのことは、私にとってとてもよかったと思っています。高校では、バスケットボールに夢中で、とても強いチームにいました。でも、そのままスポーツの道に行くのではなくて、建築の道を自分で選んだことは、とても良い選択であったと思っています。そしてアートに広がり、多くの仲間と仕事をして、今は、ドキュメンタの芸術監督を多くの友人たちと努めています。」

− 最後にもう一度お子さんを持つことで変わったことは何ですか?

「セルフィッシュではなくなり、ベター・パーソン、より良い人になったと思います。以前よりも両親とコンタクトを取る様になりました。両親の気持ちがわかる様になったからでしょうか。家族との関係をより大切にしています。もちろん友人はとても大切です。友情があるからこそ、様々なことをとことん話すこともできます。そしてより広く多様な視点で世界を見渡し、様々な活動に取り組んでいます。」

ルアンルパが”Make friends, no art” をテーマにしている様に、イスワントが子どもに伝える宝は『友情』なのですね。スハルト政権下に起きていた様な独裁的で6人集まることも認められないほど自由な活動が難しかった時代を経験してきたメンバーが、その政権が崩れた後、友人と集まり共に生きていくことを大切にしてきたことが、ここまで育ってきました。子育てが一つの家族の閉ざされたことでは無く、友人と共にあること、そして遊び心を持って子どもと接することが、仕事や人生を育むクリエイティブなビジョンなのですね。ずっと続いていく遊び心を持った学びは、子どもとの友情と人生の豊かさのエッセンスであることが伝わってきました。

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"連載『クリエイティブ・ペアレントへのインタビュー』シリーズ"

子どもがクリエイティブに生きるには、

クリエイティブな生き様に触れることが一番です。

しかし、これは子育てだけでなく、

わたしたち、親やすべての世代のひとに言えることです。

クリエイティブな生き様にふれることで、

こんな道、こんな生き方があるんだ

と励まされたり、確信をつよめてさらに自分の道を歩いていけます。

このnoteでは週末を中心に、いろいろなクリエイティブ・ペアレントの方のインタビューを連載しています。


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