精神科医、狼じいさんと会う(前編)
みなさま、イソップ寓話の「嘘をつく子供(狼少年)」の話はご存知ですよね?
羊飼いの少年が、退屈凌ぎに「狼が来た!」と村人に嘘を付き、繰り返し騒動を起こしますが、そのうち信用されなくなり、本当に狼が来たときには誰も助けに来なかった…、という話です。
この寓話から、「嘘はダメ」「正直に生きるべき」ということを、皆様も幼少の頃に学んだと思います。
今回紹介するエピソードは、十数年前に「狼少年」…、ではなく、「狼じいさん」と呼ばれた患者さんと出会った話です。
今回は、記事が長くなったので、前編・後編に分けて紹介いたします。
尚、プライバシー配慮のため、論旨を変えない程度に脚色しております。
【精神科医、ひとり医長になる】
留学から帰国して2年目、精神科医は某民間総合病院の精神科医長に任命された。
「医長」と言っても、その病院で勤務する精神科医は一人だけであり、まさに「ひとり医長」状態であった。
「精神科医が一人だけ」という状況は、その病院のメンタルヘルスの問題の全てを担うことであり、その責任は重い。
自らの細腕一本で、果たしてやっていけるのか...、精神科医は強い不安感を覚えた。
その病院に精神科用のベッドはなかった。
主戦場は外来や入院患者の“リエゾン・コンサルテーション”である。
リエゾン・コンサルテーション(別名:リエゾン精神医学)とは、身体的疾患の中で起こる精神医学的問題に対して、精神科医およびコメディカルが共同で診断・治療にあたるシステムのことだ。
具体的には、入院中の不眠・抑うつ、手術後におこる術後せん妄、がん患者のうつ状態、認知症患者のBPSD対策などの相談が多い。
大学病院でもリエゾンはやったことがあるが、その時は上級医の助言があった。
精神科医は、否応なしに湧き上がる不安を解消すべく、Amazonで「精神科身体合併症マニュアル(監修:野村総一郎、編集:本田明)」を購入した。
【精神科医、相談される】
”誰にも相談できない”、という不安を抱えながらも、精神科医はどうにか日々の仕事をこなした。
責任は重いと感じたが、メンタルヘルスの問題は全て精神科医に一任される。
このため、精神科医はある意味”自由に”仕事ができた。
今振り返ると、この病院で自由に診療をした経験が、医師としての“度胸”を培ったように思える。
気がつけば、この総合病院に勤めて2年が過ぎようとしていた…。
ある日のこと、その病院に勤める内科のA先生から電話があった。
「もしもし鹿冶先生。内科のAです。患者のことで相談したいことがあるのですが…。」
一回り年上のA先生は、精神科医によく患者を紹介する。
しかし正直に言うと、このA先生は苦手だ。
以前、相談を受けた際、はっきりと「精神科の患者は面倒だ」と言われ、カチンと来たことがあったのだ。
「どんな患者さんですか?」
思うところがありながらも、話に耳を傾ける。
「それが、半年ぐらい前から、頻繁に内科外来に来る患者なんだけど…。まぁ、ドクターショッピングという奴ですよ...」
A先生は、ため息混じりに、いつものように落ち着いた口調で説明し始めた。
【精神科医、引き受ける】
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