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映画と精神医学(7): 映画の好みと自殺のリスクの関係〜海外文献の紹介〜

皆様、こんにちは。鹿冶梟介(かやほうすけ)です!

シリーズ「映画と精神医学」も今回で7回目となりました。

過去6回においては、スターウォーズ、エクソシスト、ジョーカーなど有名作品について精神医学的観点から考察を加えてきました。

しかし、今回はちょっと趣向を変えた記事にしたいと思います。

今回ご紹介するのは"映画の好み"が自殺のリスクと関係する...、という衝撃的な論文です!

果たしてどのような映画の好みが自殺リスクと関係するのでしょうか...?

それでは早速この論文について読んでみましょう!

ちなみに今回の記事は短めです🎬(5000文字ぐらい)


【研究紹介】

<目的>

自殺に関連した映画が観客の自殺念慮・行動にどのような影響を及ぼすかを検討する。さらに映画の嗜好性が自殺念慮や抑うつ感と関係するかを検討する

<方法>

リクルート方法: 2011年12月9日から2012年8月3日までオンライン調査を実施。参加者は、オーストリアのウィーン大学およびウィーン医科大学のポスター、チラシ、Eメール、広報で募集した。

自殺に関連する映画への累積暴露: 我々は参加者に50の映画リストからどの映画を見たかを示すように尋ねた。リストは、1989年から2008年の間に公開された50本の人気映画で構成され、そのうち25本の映画が主要キャラが映画の中で自殺している(映画のリストは添付ファイル参照)。

映画に対する評価: 参加者は見た映画を"0=まったく好きでない"から"4=とても好き"の5段階で評価した。

好みの映画ジャンルの調査: 合計22の映画ジャンルのリストを提供し、どのジャンルを普段見るかを回答させた(はい=1、いいえ=0)。また、参加者の好みのジャンルが1つも含まれていない場合は、追加で映画のジャンルを挙げてもらった。リストには以下の映画ジャンルが含まれていた: フィルム・ノワール*、ミリュードラマ**、戦争、コメディ、ファンタジー、SF、マーシャルアーツ、アクション、ミステリー、アドベンチャー、西部劇、歴史、ハイマットフィルム***、災害、エロティック、悲喜劇、悲劇、メロドラマ、ロマンス、スリラー、ホラー、犯罪。

*フィルム・ノワール:一般的に悲観的な世界観を示し、シニシズムやブラックユーモアを含む犯罪ドラマを含むジャンル(例:『第三の男』(1949年)、『見知らぬ乗客』(1951年))。
**ミリュードラマ:特定の社会環境とその特徴や問題に焦点を当てたドラマ映画(例:『スラムドッグ$ミリオネア』2008年、『ヴェラ・ドレイク』2004年)。
***ハイマットフィルム: オーストリア、ドイツ、スイスの地方を背景にしたセンチメンタルなビンテージ映画のことである(例:『Sissi』1955年)。

↓「第三の男」、未視聴ですが興味ありますね🤔

自殺念慮の評価: 自殺確率尺度 [the suicide probability scale] を用いた。この尺度は自殺念慮を評価する36項目の自己報告尺度であり、各項目について「なしまたは少しの時間」から「ほとんどまたはすべての時間」までの4段階で評価される。

抑鬱状態の評価:Erlanger Depression Scale は、うつ病の症状を評価するために自己記録型質問であり、合計8つの項目について、"0=完全に間違っている"~"4=完全に正しい"の5段階尺度で評価される。

生活満足度: ドイツ版の生活満足度尺度を用いた。

精神病性の評価: Eysenck Personality Questionnaire-revised(EPS)のドイツ語短縮版を用いた。

自殺志願者と非自殺志願者への分類: ベック絶望尺度(Beck Hopelessness Scale:BHS)のドイツ語版を用いた。

データ解析: 増加法を用いた4つの重回帰分析を適用し、自殺念慮、抑うつ、生活満足度、精神病をそれぞれの従属変数とし、映画の嗜好を説明変数として、自殺リスク因子と映画の嗜好との関連を算出した。映画の好みと絶望感との関連を評価するために、増加法を用いた多変量バイナリロジスティック回帰分析を用いた。

<結果>

映画ジャンルの嗜好については以下の5つに分類された。

第1因子:フィルム・ノワールとミリュー・ドラマ
第2因子: ファンタジー映画とSF映画
第3因子:冒険映画と西部劇
第4因子:悲喜劇、悲劇、メロドラマ
第5因子:スリラー映画とホラー映画

映画ジャンル嗜好のうち第1因子と第2因子は自殺念慮の有意な予測因子であった(F(14, 899) = 2.77, p<.001, Adj. R2 = 0.03)。参加者がフィルム・ノワール映画やミリュー・ドラマを好むほど、自殺念慮が強かった。うつ病は、フィルム・ノワール映画やミリュー・ドラマ、また悲喜劇、悲劇、メロドラマに対する嗜好と有意に関連していた(F(14, 899) = 3.60, p<.001, Adj. R2 = 0.04)。

フィルム・ノワール映画とマイルーム・ドラマの嗜好と自殺映画の肯定的評価は、生活満足度の有意な予測因子であった(F(14, 899) = 3.20, p<.001, Adj. R2 = 0.03)。参加者がフィルム・ノワール映画やミリュー・ドラマを好むほど、生活満足度は低かった。自殺映画が好きな人ほど、生活満足度は高かった。精神病質は映画ジャンル嗜好因子1と3によって有意に予測された(F(14, 899) = 5.67, p<.001, Adj. R2 = 0.07)。参加者がフィルム・ノワール映画やマイルーム・ドラマを好むほど、精神病的傾向が強かった。冒険映画や西部劇が好きな人ほど、精神病傾向のスコアが低かった。

自殺志願者と非自殺志願者を区別するためのBHS [ベック絶望尺度]の得点を結果変数とする多変量2値ロジスティック回帰分析の結果、自殺志願者はスリラーとホラー映画に対する嗜好が有意に高いことが明らかになった(β = 0.33、SE = 0.14、p<.05、CI = 1.064~1.825)。

<結論>

映画の嗜好性は自殺念慮に関連する可能性がある。

【鹿冶の考察】

<おさらい>

データが多めだったので、ここで簡単に結果をおさらいしてみましょう。

今回紹介した論文の結果をかなりざっくり説明すると...

1.フィルム・ノワール映画やミリュー・ドラマに対する嗜好は、自殺念慮、抑うつ、精神病性の高得点と関連し、生活満足度の低得点と関連した。
2.スリラー映画やホラー映画の嗜好、悲喜劇、悲劇、メロドラマの嗜好は、いくつかの自殺危険因子の高得点と関連していた。
3.自殺願望者は非自殺願望者よりもスリラー映画やホラー映画を好む傾向が有意に高かった。
4.自殺映画の肯定的評価と生活満足度の高さの間には、用量反応関係があった。
5.自殺映画への暴露は、どの自殺危険因子とも有意な関連を示さなかった。

フィルム・ノワールとミリュー・ドラマ...、いずれも耳慣れない言葉ですが、前述のようにあまりハッピーな感じではありませんよね...(前者は犯罪系、後者は社会環境をテーマ)😅従って、これらのジャンルが自殺念慮、抑うつ、精神病性と関連することは不思議ではありません。

実際TV文化とメンタルヘルスについて研究された古い文献によると、悲しく不穏な映画コンテンツへの累積的な暴露は、視聴者の自殺念慮を増加または維持する可能性がある一方で、幸福で陽気なメディアコンテンツは肯定的な感情状態を維持するのに役立つ可能性があることが示唆されております(文献2)。

...というか、この辺の感覚はなんとなく理解できますよね?

またスリラー映画やホラー映画の嗜好性は、暴力性をしばしば伴うのでこれらの映画の嗜好性が自殺念慮と関連するのも頷けます。

しかし、ちょっと意外であったのが自殺映画(映画の主要キャラが自殺する映画)と自殺念慮についてはほとんど関係がなかったことであり、先行研究と矛盾があります(文献3)。それどころか自殺映画が好きな人の方が生活満足度が高い...、という予想外の結果も示されております。うーん、なんだか考察が難しいですね...。

<研究の限界>

...という具合に結果に納得できる部分と納得できない部分があるのですが、これにはいくつかの理由があります。

その理由としては...、

1.調査対象がウィーン大学およびウィーン医科大学の関係者であること。
2.映画の嗜好性を調べる際に、提示された映画のリストが網羅的とは言えない。
3.心理テストの信頼性の問題。

などが挙げられます。

まぁ、かなり偏りのあるサンプリングなのでこの研究結果が日本人に当てはまるかはちょっと疑問ですね。

日本でも同様の大規模研究があると面白いと思いますが...(社会学系の研究者の皆様、是非やってみてはいかがでしょうか?)

<この研究の有用性>

ところでそもそもこうような"嗜好性"と"自殺リスクの研究"って、やって意味があるのでしょうか...?

おそらくそういった素朴な疑問を抱く方はいらっしゃると思いますが、かなり有用であることを強調したいと思います。

その理由は「最近、悲しい映画が見たいな」とか、「ホラー映画が妙に面白い...」と自身の嗜好性が変化した時、ひょっとしてメンタルヘルスに黄色信号が灯っている可能性があります。、

これはあくまで小生の考えることではありますが、例えば悲しい映画を上映する場合、同時にメンタルヘルスの相談窓口の案内があったりすると、自殺対策になるのではないでしょうか?

またGoogleをはじめとする検索エンジンにおいても、悲しい映画、ホラー映画を検索したら同時にメンタルヘルス広告が表示される...というのも有効になるかも知れません。

メンタルヘルスの問題は自ら気づいて相談することは難しいので、このように嗜好性からサジェストする仕組みが社会全体の精神衛生を改善させるかも...、と小生は考えます。

<ホラー好きの鹿冶は精神的に大丈夫なのか?>

ところで、小生は自他共に認めるホラー映画大好きマンです🎬

...ということは、小生は自殺念慮があるのかも...と自分でも疑いましたが、はっきり言ってないですね☺️

小生は毎日が楽しいですし、可能ならなるべく長生きして知的好奇心を満足させたいと思っています。

本当に今の世の中は目まぐるしく変化するので、5年、10年先に一体なにが起こるのか...、めちゃくちゃ楽しみで仕方がないのです。

そんな小生がなぜホラー映画が好きなのか...🤔

これは以前紹介した、「映画と精神医学(2):エクソシスト」でも述べましたが、小生は子供の頃から不思議なこと」「目に見えない物」にとても興味を抱き、その結果目に見えない医学=精神医学の道を志したのです!

...ということで、ホラー好きのそこのあなた!ホラー好き=自殺志願者...、というわけではありませんのでご安心くださいな(安心できない?😅)!


↓小生にとって思い出深い映画です!


【まとめ】

・映画の嗜好性と自殺リスクに関する研究をご紹介しました。
・悲しい映画、ホラーなどは自殺念慮と関連することが示唆されました。
・特にフィルム・ノワール、ミリュー・ドラマというジャンルは自殺念慮、抑うつ、精神病性、生活満足度の低下との関係が示唆されました。
・自殺願望者は非願望者にくらべてスリラー映画やホラー映画を好む傾向が認められました。
・先行研究と異なりメインキャラクターが自殺する映画の視聴は、自殺リスクとは関係がありませんでした。
・小生はホラー映画大好きですが、死にたいとは思いませんね...🤔
・日本でも同様の調査をしたら興味深い結果が出るかも知れませんね(社会学系の先生、是非やってみてくださいな!)

【参考文献など】

1.Associations between film preferences and risk factors for suicide: an online survey. Till B et al., PLOSONE, 2014

2. Living with television: The dynamics of the cultivation process. Gerbner G, Gross L, Morgan M, Signorielli N, In: Bryant J, Zillmann D, editors. Perspectives on media effects. Hillsdale, NJ: Lawrence Erlbaum. pp. 17–40. 1986

3.Exposure to suicide movies and suicide attempts. Stack S, et al., Sociol Focus 47: 61–70. 2014

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