精神科医、神父になる(後編)
(前編までのあらすじ)
【精神科医、閉口する】
「いや〜、なんだか凄そうな相談だったね」
A医師がニヤニヤしながら、診察室に入ってきた。
どうやら電子カルテの記載を見たようだ。
「先生...、B美さん、全くこちらの助言に耳を貸そうとはしません。睡眠薬で多少眠れたとしても、彼女の罪悪感は治りませんよ…。それに…、」
「それに…?」
「それに...、まるで不倫の片棒を担がされている気がします」
「あはは…、先生、マジメか?でも、傍観者と片棒を担ぐっていうのは違うと思うなぁ…。まぁ、これも人助け、人助け。ちょっとした官能小説を楽しむつもりで、B美さんの話を聞いたらいいよ」
笑いながらA医師は、隣の診察室に戻って行った。
「...、官能小説って楽しめるのか?」
B美は翌週も診察にやってきた。
精神科医は、2-3週後の再診を提案したが、
「毎週、診察を受けたいです」
…とB美が希望したため、当面は週1回面接することになった。
ちなみに精神科医の勤務日は土曜日だった。
そして銀行員のB美も土曜日は休みだったため、毎週確実に診察にやって来た。
「先生…っ、聞いてください…!」
開口一番、B美は必ずこう言う。
内容は、不眠や子育てのことではなく、専ら不倫相手との逢瀬(おうせ)についてであった。
ある時は「夫の母親の見舞いをすっぽかして不倫相手と会った」と報告し、またある時は「夫が単身赴任先に戻るのを見届けた直ぐその後に不倫相手に会った」…、など生々しいストーリーを毎週披露した。
「本当に、私は罪深い人間です。いけないと分かっているのですが、ダメなんです…。どうしたらいいんでしょうか?」
「なるほど…。そんなにお辛いのなら…、」
不倫をやめれば罪悪感からきっと解放される…といくら説明しても、相変わらずB美は聞く耳をもたない。
精神科医は、いつしか「なるほど」を多用するようになった。
余談だが、医師がしばし使う「なるほど」は大抵相槌であり、必ずしも共感しているわけではない。
面接が終わるとB美は、「つまらない話を聞いていただき、ありがとうございました」と深々と頭を下げ、清々しい笑顔を見せた。
「・・・」
精神科医は診察のたびに閉口し、カルテにも毎回「評価: ・・・」と記載することが常となった。
【精神科医、神父になる】
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