A Day in East Harlem ~ グラフィティアーティスト逮捕!その時私は… (1) (2005.06.19)
仮に犯罪性がゼロだと判っていたとしても、自分が好きだったり、良く知っていたり、仕事していたりする誰かが「逮捕」されることは、ショッキングである。ましてや、その「逮捕」の原因の一端が自分にある場合には、なおさらのこと。
1994年5月、私はマンハッタンに居た。ヒップホップのダンスグループ、ゲットーリジナル・プロダクションズ・ダンス・カンパニー GhettOriginal Productions Dance Company (以下、GPDC)の活動をテレビ取材するためだった。現地コーディネイターの協力とともに、後輩ディレクターと撮影クルーを指揮しながら、私はプロデューサーとして、GPDCのマネージメントサイドとも契約交渉に当っていた。GPDCは、ロック・ステディ・クルー Rock Steady Crew のメンバーだったヒスパニック系ダンサーを中心とする、その筋には知られたダンスカンパニーである。ヒップホップというとアフリカ系アメリカ人の文化だと思っている人は多いかも知れないが、ヒスパニック系のアーティストも実は重要な役割を果たしているのだ。
「ヒップホップ・カルチャーは4つの要素で成り立っている。MC-ing (いわゆるラップ)、DJ-ing (いわゆるターンテーブルプレイ)、B-boying/ B-girling (いわゆるヒップホップダンス)、そして Graffiti (グラフィティ。ウォールペインティングアート)。どれをも欠くことは出来ない」という彼らの主張は正しい。我々は、中心メンバーである Crazy Legs, Wiggles, Swift, Fabel らに密着し、「4つの要素」全てのアクティヴィティをヴィデオテープに収めようとしていた。撮影は「3つの要素」まで順調に進み、取材の最終日にグラフィティ制作の様子を撮れば完了だった。グラフィティ担当のアーティスト Jeff “Doze” Green が、撮影の為に描いてくれるという。場所は、106th St & Park Ave に面した Central Park East Secondary School の校庭内の壁、人呼んで “Wall of Fame”。その高校みずからがアーティスト達の為に提供し、素晴らしいグラフィティが一面に描かれている、巨大なキャンバスである(写真)。我々は高校から書面による許可を得、「では、土曜日の午後3時に。」と、メンバー達と約束した。
いくつかの不運が重なったことは事実である。ドウズ・グリーンが余りにも協力的だったこと。それが土曜日の午後であり、高校の職員が誰もいなかったこと。我々クルーはもっと早く現場に赴く計画だったのに、出発の直前にGPDCのマネージャーが電話をかけてきて取材契約内容の解釈についてごちゃごちゃ言い始め、結局3時ギリギリにしか現場に到着出来なかったこと・・・。
うるさい女マネージャーを何とか説き伏せた頃、問題は既に起こっていた。2時55分、コーディネイターのマイケルが運転するヴァンで我々が現場に到着すると、GPDCのメンバー達が駆け寄ってきて、言った。「大変だ!ドウズが逮捕された!!」
「何故?いつ?」「わからない」「誰が見た?」「パトカーで連行されるのを見た」「何時?」「2時頃」「その前は?」「わからない」「わからない」「誰か見た者は?」「俺、見たよ」…メンバーの目撃談を総合し、私は、状況を、以下のように把握した。
<背景>
・校庭の壁には、既に色とりどりのグラフィティが描かれている。新しいグラフィティは、以前に描かれた物の上から、描き重ねる。その為には、いったん下塗りをして、古いグラフィティを塗り潰す必要がある。
・ニューヨーク市には、その年の4月から、グラフィティ規制条例が布かれており、無許可でのウォールペインティング行為を厳しく取り締まり始めていた。
・ドウズは知る人ぞ知るアーティストだが、当時の彼は、知らない人から見ればいかにもワルそうなにいちゃんだった。
・現場は、マンハッタンの中でも犯罪多発地域、スパニッシュ・ハーレムのど真ん中である。
<事実>
・撮影は約束通り、午後3時からの予定だったが、ドウズは気を利かせて、ひとりで1時間ほど早く到着し、事前に下塗りを済ませておこうと考えた。
・ドウズは2時頃到着し、まだ施錠されている校庭のフェンスを乗り越えようとした。
・そこに、パトロール中の警官がやって来た。
・ドウズは当然、沢山のスプレイ缶を携えていた。
・高校が発行した許可証は、我々が持っていた。
つまり、ドウズは、警官に見咎められ、それが許可を得た合法な行為であることを自ら証明出来ずに、逮捕・連行されてしまったわけである。GPDCのメンバー達と、取材スタッフ達の、不安そうな視線が私に集まる。「取材対象の人権」「メディアの責任」「上司への報告義務」「NHKの不祥事」等の言葉が、目まぐるしく頭をよぎる・・・さて、あなたならどうする?!
(つづく)
(2005.06.19)