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よの18 そばや

たまの休日妻と買物に行ったついでに昼めしを食べることになった。
普段ふたりともほとんど外食はしない。

だからというわけではないが、ついでの昼めしとはいえ、せっかくだから、おいしいもの食べたいよねと意見が一致した。

がしかし。
ところで。

どこで食べる?
と、ここで二人の思考が停止する。

ついでの昼めしとはいえ、普段外食しないから、せっかくの機会だから、お金を出すなら、やっぱりおいしいものを食べたい。

とはいえ、買い物ついでなのだから、わざわざ店を探す時間をあまり掛けたくない。

以前さんざん探して迷ったあげく結局適当な店で済ませて後悔した経験がある。(おいしくないうえに、安くもない店だった)

可能であれば安くておいしいものを食べたいが、
「ついで」にあまり時間を掛けたくないのだ。


しかし。

そもそも。
われわれは何を食べたいのか?

そして。
食べ物から決めるべきなのか。
それとも店から決めるべきなのか。


そして。
迷ってへんな店に入るくらいなら最悪食べなくてもいい覚悟もある。

そもそものそもそも。
結局食べてみないとおいしいかどうかもわかるはずもないのだが。


完全に迷宮入りしかけたその時、
たまたま通りかかった「そば屋」の前でわれわれは立ち止まった。なんとなく雰囲気の良さそうな店構えだった。

「ここにしよう」
珍しくふたりの意見が一致した。

とりあえず。
今日は路頭に迷うこともなく、彼女と言い争いをすることもなく店がすんなり決まって、ほっとした。



*******

店内に入って辺りを見渡しながら席に座った。
いかにも蕎麦にこだわってそうな雰囲気だ。

店員が来て、水とおしぼりが出る。
テーブルにメニューが置かれると
われわれは息をのんだ。

手に取ってメニューを見る。
いたってシンプルなメニューだ。

メニューは上から、
「かけそば」「ざるそば」「たぬきそば」「天ぷらそば」「鴨そば」「ねぎそば」「肉そば」と
ただ商品名だけがずらっと書いてある。


脂汗が出る。
さあ。
何にする?

彼女とメニューとにらめっこする。
「お決まりですか?」と声を掛けられるまでに決まったためしはない。

たまの外食だから、どうせなら、よりベストな選択をしたいがメニューがシンプルすぎる。

「かけそば」「鴨そば」「肉そば」等の商品名以外の情報はない。

何々産の肉と何々をダシに使ったこだわりの一品とか、何か商品の説明文があればどんなにいいだろうと思う。せめて店主のイチオシはコレとか、そんな一言だけでも貴重な情報なのだが。


「お決まりですか?」と店員。

あたふたしながら
「すいません。もう少し・・」とわれわれ。

一瞥する店員。
「決まりましたらお呼び下さい」

立ち去る店員。
ほっと息つくひまもなく、
われわれはメニューを見る。

特別なことなど書いてないのだが、くいるように見つめる。

「天ぷらそば」にしようかな。と私。

「鴨そば」にしようかな。と妻。

一瞬決まりかけるが、「にしんそば」もいいなと妻。
ねえねえ、この「親子そば」ってどんなの?興味ある。この「田舎そば」も良さそう。

妻が迷い出すと、私もやっぱり「肉そば」にしようかなと思い直す。でも「肉そば」が気になり出すとその下の「ちからそば」も気になる。

突然妻が「わたしざるそばにする」と。

一瞬、え?となったが、確かにその選択肢もあるか。

確かに今日はちょっと暑いし、自分も「ざるそば」でワンランクグレードを下げて大盛りする手もあるなと思った。

しかし大盛りが350円増しというのはちょっと高い。しかも妻と同じというのも・・。

とその時隣の客の注文が運ばれてきた。
セットメニューだ。
あれは天丼セットのようだ。

「おれ天丼セットにするよ」と私。
妻がなるほどという顔をした。

「じゃあ頼むよ」と私が店員に声を掛ける。

「ちょっと待って」と妻。
まだメニューを見てる。

店員が来かけたが、
「すいません。まだちょっと」と追い返す妻。

しばらくの沈黙のあと、

「わたしカツ丼」にしようかな。と妻。

なに?と思ったけれど、
おれの天丼セットに心がゆらいだのだ。

「じゃあカツ丼にすれば」

「でもそんなに食べれないかも」
とまたメニューを見ながら沈黙に入る妻。

まずいな。と思った。

完全に路頭に迷うパターンだ。
これは決まらないぞ。と思った。


しばらく沈黙が続く。
「・・・・・」

「決まった?」と私がたまりかねて訊く。

「決まらない」と妻。

「ざるそばでいいんじゃない?」と私。

「う~ん。」
と妻は完全な硬直状態に入っていった。

たまたま見つけたはじめての店。
そしてもう来ることがないかもしれない店は、特にメニューを決めるのが難しい。

全部食べてみることができれば悩む必要はないのかもしれないが、そんなことは不可能だし、数少ない文字情報から選ぶのだから、迷わないほうがおかしい。

わからないことが多すぎるのだ。

ある程度わかっていて迷っているのではなく、わからないから選べないのだ。

そもそも、「ざるそば」も「天ぷらそば」も「カツ丼」もどれが一番おいしいかなんてわからないし、結局食べてしまえばどれも似たようなものかもしれないし、食べ終わって少したてばもう忘れてしまうようなものかもしれない。

わからないことをわかった人ならある程度迷わない。店に入る。席に座る。水とおしぼり、メニューが出る。2分たって「お決まりですか?」「鴨そばと天ぷらそばを」とテンポ良く決める。

結局食べてみるしかないのだから。

あとから来た隣の人が食べ終わりそうなのを横目に、
私は「タイムリミットだよ。もう頼もう」と強引に店員を呼んだ。

「なんにしましょう?」と店員。

「え、と・・・」妻が口ごもる。

「天丼セットひとつ」とわたし。

「天丼セットですね。セットはおそばとうどんどちらにしますか?」

「そばで」

「冷たいのと暖かいのとどちらにしますか」

「冷たいのでお願いします」

「かしこまりました」

少し沈黙。

店員が妻を見る。

「えー、肉うどんひとつ」と妻。

え?と思ったが、とりあえず決まってよかった。


*******

料理を待つ間、さっきの緊張感とはうってかわって、
わたしと妻は雑談を楽しんだ。


「お待たせいたしました」
料理が運ばれてくる。

天丼と小そば、肉うどん。
予想以上に料理はおいしかった。

ふたりは満足して店を出る。

食べる時間は案外短いんだねとは言わなかったが、
そう言いたそうな顔つきで店員はわたしたちを見送った。

「ありがとうございました。またのお越しをおまちしております」


しかしながら。
今日はベストな選択ではなかっただろうか。

店のチョイスもメニューの選択も良かった。
天丼は思いのほかおいしかったし、セットのそばもおいしかった。妻も肉うどんを選んで良かったと言っていた。


ただ。
毎回店を選ぶのに、メニューひとつ決めるのに、大変な思いをするのはなんとかしたいものだ。
そして次回も同じ苦労をするのかと思うと、ちょっと暗くなる。


そして。
ひとつ気になることは、今回の選択結果と選択するのにかかった時間と労力は、あまり関係がない。
だから次回また同じことをやるのだ。


しかしながら。
生きるということは選択の連続である。
沢山のつまらない選択の繰り返しが、生き方の上達につながる。
その選択は途中経過に過ぎないのだ。


ついでの昼めしがすんで、われわれは本日のメインである買い物を再開した。

買い物が済んで帰り道、
ふと今日食べた「そば屋」を思い出した。

まてよ。
そもそもそば屋に入って「そば」を食べないなんて邪道ではないだろうか。

というより、予想以上においしかったので、そばをメインに頼むべきではなかったのではないか。

店名からして「そば屋」なのだから、そばが自慢なことは間違いない。なのに私の頼んだメニューは天丼セット。しかもそばがメインではなく、天丼がメインなのだ。妻にいたっては肉うどんだ。

天丼屋にいくべきではなかったのか。
うどん屋にいくべきではなかったのか。

と自責の念にかられたその時、最初に「そば屋」の前で、われわれが奇跡的に一致した時のあの気持ちを思い出した。


そばが食べたかったのだ。



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kawawano


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かわわの
小さな喜びの積み重ねが大きな喜びを創っていくと信じています。ほんの小さな「クスッ」がどなたかの喜びのほんの一粒になったら、とても嬉しいなぁと思いながら創っています。