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乗るな。対立に、煽りに。

 対立を煽るのは浅ましい。
 まして対立によって利を手に入れようとすることはもとより、さらに注意せねばならぬのは、対立に踊らされることだ。そうすることで私たちは簡単に、対立が生み出す「利」になってしまう。

 対立による利益は毎日のように作られる。

 この世に対立していないものなどないし、仮に今していなくとも、条件さえ満たせばすぐに対立など作れてしまう。あるものと、その反対の性質や役割を持つ別のものは、とかく対立に使われがちである。
 だからネタは尽きない。私たちはこの世にあるすべてに対立を見出し、煽り、煽られ、損をし、得をする。しかしそれはどれも、対立に煽られることが大きな要因を占めている。煽ることは浅ましいが、煽られることもまた馬鹿馬鹿しいことだ。

 そのことに少しでも気づけるのなら、そして自覚があるのなら、私たちは蔓延る対立への態度を決めねばならない。極めて冷静に、フラットに対立を見るべきだ。それは本当にあるのか、それに踊らされることに意味はあるのか。

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