『居心地の悪い部屋』(河出文庫)岸本佐知子 編訳
街灯の無い夜道、仮面を被った男に追いかけられたり、
見知らぬ相手から突然ものを投げつけられ、地面に落ちたそれを見ると人間の眼球だったり、
そんな恐ろしい夢ではないが、目が覚めた時に薄っすらと汗をかき、不安な気持ちが漂う夢をみたことはないだろうか。
私はある。
その夢の中で、私は天井が急勾配になっている狭い部屋に居た。
部屋は窓もドアもなく、あるのは自分が腰かけているベッドと、壁のフックに掛けられた黄色い小花柄のワンピースだけだ。
それは明らかに自分のものではないデザインだった。
すっとワンピースに指を伸ばそうとするが、触れてはいけないという警鐘が脳内で鳴り響く。
しかしそれと同時に、このワンピースが部屋から抜け出せる唯一の『道』にも思える。
「どうしよう……でも、たかがワンピースに触れたくらいで何も起きないよね」
自分に言い聞かせ、思い切って裾を掴むと──。
と、ここで目が覚めた。文字にしてみると、特にこれといった何かがある訳でもない夢だが、あの部屋の居心地の悪さは、いつまでも記憶に残っていたりする。
などという私の夢の話にお付き合い下さった忍耐力ある皆さま、ここからが本題でっせお待たせしました。
まず、『居心地の悪い部屋』の「編訳者あとがき」から抜粋させて貰うが
「ここに集まった一ダースの物語のうち、一つでも二つでも、読まれた方を素敵に居心地悪くして、そして知らない場所にいざなうものがあるといいなと思う。」
と、岸本さんは仰っている。
そしてその言葉に違えることなく、知らない場所に放り出され、不安になるが、不思議なことに心が引きつけられる作品達が収録されている。
銃弾が頭に命中した友人を抱え、戦火を逃げ延びるガルシア。虫の息である友と一晩を過ごすが、果たして彼が最後にくれるものとは──独創的な世界を放つ『チャメトラ』。
娘を探す母親と、鋤(すき)を探す父親の、淡々と進んでゆく、不安なのに止められない展開の『父、まばたきもせず』。
他にも、数日間、いやもっと長く心の中に居座る素敵な居心地の悪さをくれる物語達が収録されている。
驚きや恐怖とは違う、じんわりと続く心の重さとその反動による興奮を味わってみたい方におすすめの一冊だ。