人間の絆を読んでみて思ったのは、根本の部分でフィリップをどうしてもあまり好きになれないということでした。とはいっても作品自体はとても好きで、フィリップの周囲に出てくる登場人物は好感が持てました。私はルイーザ叔母さん、クロンショーが好きです。しかし、フィリップが気にいる人物、ミルドレッドはどう考えても好きになれませんでした。理性は情熱に勝てないと作者が語っている通り、読者は理性で読んでいる以上、実際の人物とのやり取りから生じる情熱は相当な想像力がないと感じられなさそうです。
※ここからはネタバレを少しだけ含みますので、ご注意ください
大まかなあらすじ紹介
前半はざっくりとですがこんな感じでしょうか。物語は9歳から始まります。実の父親は外科医でしたがすでに死去しており、母親も亡くなってしまいます。フィリップ少年は9歳にして孤児となり、牧師の叔父や叔母に預けられます。この時に経済格差についてしり、今までの裕福な暮らしはできないことを悟ります。浪費家の両親は財産をほとんど残しておらず、牧師の叔父と叔母は驚きます。
改めて振り返ってみると、実に転機の多い人生といえます。学校はコロコロ変わり、目指すべき道もコロコロ変わります。書いていて思い出しましたが、パリで芸術修行をする前は叔父の住むロンドンで会計士を目指していました。が、1年で諦めています。この出来事に至るまでの精神面の変化や読んだ本、周囲にいた人物がまた面白いのです。
フィリップが出会う人物はこんな感じです。もっと出会う人はいますが、私が覚えている限りでの重要人物はこんな感じだったように思います。私は友人のクロンショーが1番好きです。ルイザ叔母さんもとても良い人です。しかし、ルイザ叔母さんに対するフィリップの対応は好きではありません。フィリップは結構な偏屈もので、あまり友達が多い方ではありません。
印象に残ったシーン
人間が利己的な理由以外の理由で動くことがある?(クロンショー)
少し長い文章ですが、「人間は利己的か?」というテーマについてクロンショーとフィリップが酒場で語り合っています。個人的にはこの小説の上巻でで1番印象に残ったシーンです。
クロンショーは、全ての行為の裏側には快楽という目的が隠れているということを語っています。図式にするとこんな感じでしょう。クロンショーにとってキリスト教は、物事に順位をつけ、特に快楽を最下位に位置づけることによって、人々に自己満足を与える存在でした。キリスト教が人々に植え付けた道徳は、人々の自然な欲求や幸福を抑圧していると見なしているのです。なるほど、そういう見方もあるのかと勉強になりました。
画家とは?(クラットン)
フィリップは自分の描いた絵がサロン(コンクール)から返送されて、自分が画家としての才能を持ち合わせているのか悩んでいました。そんな時に、自分の目上として見ていた画家見習いの仲間クラットンに相談してみたやり取りがこちらです。
他人に自分の作品の意見が聞いても意味がないとクラットンはいいます。承認欲求を満たすために画家はやっていられないということです。承認欲求を満たすために画家をもしやっているとすれば、とっくに自殺しているとまで言っています。それに、客観的な指摘を例え受けたとしても、客観性そのものが絵をナンセンスにするとも言っています。なるほど、と思いました。
「描いている時に得られるもの、それが全てだ」というのが印象に残りました。他人軸で考えると、偉大な画家になりたい、そのために頑張りたいということになりますが、自分軸で考えると、描きたいという抗い難い欲求のままに夢中で描いている時に得られるものが全てで、その他のものはどうでもよくなるということのようです。画家としてどちらが先に挫折するかは一目瞭然のように思えます。
ルイーザ叔母さんの愛
ルイーザおばさんは子供がいませんでした。フィリップを引き取った時、子育ての経験がない中年の女性だったので、自分に子育てが務まるのか自信がありませんでした。何もかもが初めての中、フィリップと接してきた献身的な叔母さんで、読んでいて好感が持てる人物でした。
このエピソードだけでルイーザおばさん(ミセス・ケアリ)の人柄の良さは伝わってきます。なんて良い人なんでしょう。(義理ですが)親の無償の愛が描かれたシーンはとても印象的でした。
ここまでの感想
まだ前半しか読んでいないですが、ここまでで十分読み応えがありました。少年時代から成人するまでの成長記録が描かれている小説はあまり読んだことがなかったので、新鮮でした。特に、フィリップが初めて寄宿学校に通った時に足のことで酷くいじめられて、初めて「理不尽」という概念を経験したシーンは印象的でした。また、周囲が恋愛している中自分だけまだ経験したことがないことに対して焦りを感じる時期だったり、そういう時期にかっこよく見える少し年上の頼れる友人の存在だったりは共感が持てました。
おしまい