夜を歩く (1500字小説)
子供の頃は、悪い人間じゃないといけなかった。「真面目な奴は面白くない」というのが彼らの決めたルールで世界の常識だった。多くの友達は世の中に自然に反発していた。「自分を偽って付き合わないといけないような友達は本当の友達じゃない」とか言う人がいるかもしれない。そう言う人にはきっと、本当の友達しかいないのだろう。僕にとっては、本当の友達も嘘の友達もない。ただ「友達」だ。それに、後から振り返ってあれこれ言うのは彼らに酷だ。
小学生のころ、夏のある日、水たまりの水に油が混じって、7色の虹に見えた。僕らは油をかき回して、虹をぐちゃぐちゃにした。
数か月後、同じ場所にできた水たまりが凍っていた。僕らはその上を歩いて氷を割った。吐く息が白かった。
中学生のころ、神社で遊んでいるとき、賽銭箱からお金を取ろうとした。棒を使ったがうまく取れなかったので、お金を取るのはやめた。僕らは土や砂を集めてきて、賽銭箱に流し込んだ。賽銭箱がいっぱいになるまで、土を入れ続けた。
河原で遊んでいたとき、僕らは草むらに火をつけて燃やした。火が広がってきたので、走って逃げた。次の日、どうなったか見に行ってみると、草むらが半分ぐらい焼けていて、捨ててあった大量のCDケースが割れたり溶けたりしていた。
高校生のころ、本屋の前を通りがかったとき、停めてあった自転車が邪魔だったので、僕らはその自転車のタイヤのネジをゆるめて空気を抜いた。この頃はいろんな事に腹が立っていた。エレベーターから降りるときはいつも、全部の階のボタンを押してから降りた。
大学生になった。下宿の近くの畑にキャベツを盗みに行こう、と友達を誘ったとき、友達は「もうそういうのやりたくない」と言って断ってきた。無機質な言葉だった。僕にも感情はなかった。ただ僕の友達が、この世から消えた気がした。
感情はなかったが衝動があった。僕は夜中に家を出て、歩いた。家の前の道を、道が無くなるまで歩いた。道が突き当ると、左に曲がり、また真っ直ぐに歩いた。1時間か2時間か、夜の道を、ずっと歩きつづけると、目の前にバッティングセンターがあった。中に入ろうとした時、下品そうな若者の騒ぎ声が聞こえてきたので、入るのをやめた。仕方がないのでまた歩き始め、しばらく歩くと、無人の野菜販売所があった。「100円入れてください」と書いてあった。僕はプチトマトが20個ぐらい入っている袋を取った。代金箱を開けてみたが、お金は入っていなかった。みんなに野菜を盗まれているのか、と思うと急にかわいそうな気持ちになり、僕は箱に50円を入れた。
衝動は収まらなかった。僕はまた夜の道を歩いた。コンビニがあったので入った。やる気のないコンビニだった。店に入っても誰もいない。しばらくして、チャイムの音を聞いたバイトの店員が、気だるそうに奥から現れた。僕は接着剤を買った。僕が店を出ると、店員はまた奥に引っ込んでいった。
僕はプチトマトのヘタを取って、接着剤を塗り、コンビニの窓に貼り付けた。僕はまた歩き始め、店を見つけるたびに1つずつ、店の窓にプチトマトのヘタを貼り付けていった。歩いて貼り付けて歩いて、最後の1つを貼り付け終わったとき、空が明るみはじめ、鳥の声が聞こえた。いつの間にか、友達の家の近くまで来ていた。
僕はヘタの無いプチトマトが入った袋を、友達の家のポストに入れて、インターホンを押した。そして友達が出てくる前に、ゆっくりとその場を去った。彼はプチトマトを食べてくれるだろうか。そんなことを考えていると、この世から消えた友達と、また友達になれる気がした。