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読書記録「国宝 花道篇」
川口市出身の自称読書家 川口竜也です!
今回読んだのは、吉田修一さんの「国宝 花道篇」朝日新聞出版 (2021) です!
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・あらすじ
関西歌舞伎の名家「丹波屋」は、二代目花井半二郎のもとで、芸の道に邁進する男がおりました。
彼の名は立花喜久雄。侠客 立花組の一人息子であり、後に役者として「国の宝」と称される男でございます。
月日が経つのは早いもの。京都南座で東一郎(喜久雄)と半弥(俊介)が「道成寺」を踊ってから、十数年が過ぎております。
振り返ってみれば、決して順風満帆とは言えぬ道でございました。
花井白虎(二代目花井半二郎)が襲名式で吐血。三代目花井半二郎を継げなかった息子の花井俊介は、突然の奔走。
花井白虎亡き後、東京歌舞伎の名家 姉川鶴若の世話になるも、三代目花井半二郎(喜久雄)に主役を張らせることは、決してありませんでした。
極道上がりの喜久雄に対する世間様の評価も、決して寛容ではございません。
父 立花権五郎の兄弟、辻村との繋がりを非難する者もおります。
それでも、「女形」として舞台に立つ喜久雄は、見るものを魅了し、ときには人を狂わせるほど、神々しさをも感じます。
常に完璧を求め続け、一心不乱に舞台に立ち続ける喜久雄の姿。その目に見えるのは、どんな世界なのだろうか。
今の小父さんは、ずっと歌舞伎の舞台に立ってるんです。桜や雪の舞う美しい世界にずっといるんです。それは小父さんの望んでいたことなんです。だから小父さんは……、今、幸せなんです
上巻「国宝 青春篇」を読了した流れで、一気に読み終えてしまった次第。
本を読んでいるのに、太鼓や拍子木の音、歌舞伎座に流れる独特の空気、白粉の甘い香りが漂ってくるかのよう。
今年の6月には、吉沢亮さん主演で劇場化されるそうで(配給会社は三友かしらん)。
立花喜久雄の半生を、いかに映像化するかは気になるところである。
<幕間>
どんなに辛い目に会おうとも、決して舞台を降りることのない喜久雄。
タイトルの通り、最終的には「国宝(重要無形文化財保持者)」に認定されるのだが、その概要は上澄みだけを記しているかのよう。
侠客 立花組の出生は省かれ、先輩役者から目の敵にされ、歌舞伎を離れて映画や新派の劇に出ていた頃も割愛されている。
まるで沈殿した汚い部分は無視したかのような文章。
だけど、三代目花井半二郎が、立花喜久雄がどれだけ苦汁をなめてきたのか。どれだけ辛い目に会ってきたのか。
秋より先に必ずと 仇し詞の人心
そなたの空よと眺むれど
それぞと問いし人もなし
「仇討ち」から始まる喜久雄の半生を見てきた者にとっては、苦難の数こそ、三代目花井半二郎が国宝に至った所以と思ってしまう。
その点、喜久雄が「極道」としての筋を、きっちり通そうとする姿も惚れる。
喜久雄が在学中に背中に彫った入れ墨は、「ニシキヘビを掴むミミズク」。
上巻によると、その刺青の意味は、「一度、恩を受けた人間を決して忘れない」こと。
世間様がなんと言おうとも、三代目花井半二郎は、恩を受けた人に対する仁義を決して捨てない。
やっぱり喜久雄は、父 立花正敏(権五郎)を見て育ったのだと。彼は彼なりの極道を、芸の道を極めたのだと。
しかし、歌舞伎座で『阿古屋』を演じる最後の段は、少々物寂しさすらも覚える。
この世は移ろい、人の心は変わり、いつか人生にも終わりがくるとしても、あの美しい思い出は誰にも奪うことができないのだと悟ったからこそ、縄だけでなく、その思いからも放免されるという精神の物語なのでございます。
要所々々で登場する歌舞伎の演目が、喜久雄の人生とリンクして、彼の心を代弁しているかのよう。
思わず「三代目!」と呼びたくなってしまう、あっぱれな終幕。年始早々、いい本を読みました。それではまた次回!
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