もしかすると70年前から存在していたかもしれない太陽光発電
これはハインラインの短編集で、タイトルに使われている『月を売った男』は、夢を原動力にすれば、人間どこまで頑張れるものかを描いた名作です。
読むなら断然、短編小説よりも長編を選ぶわたしですが、この短編集だけは例外です。
元旦の記事で取り上げた『果てしない監視』と『月を売った男』を読めば、ハインラインがどういう作家なのかよくわかると思います。
【月を売った男】収録作品
・「光あれ」
・道路を止めてはならない
・月を売った男
・鎮魂歌
・生命線
今回は収録作品トップの「光あれ」を取り上げます。
「光あれ」は、主人公の理学博士の元へ電報が届くところから物語は始まります。
※「電報」とは、電子メールを送信可能な携帯電話が登場するはるか以前から送ることができたショートメッセージ。現在では弔電と祝電ぐらいにしか使われていない。
この本にはハインラインの「まえがき」がついていて、その日付は1949年5月5日になっています。
これが当時のアメリカでの、電報のよくある使われ方だったのかどうかまではわかりません。
電報の内容は
[コンヤツク ムネツコー(無熱光)ニツキ22ジ ソチラノケンキュウシツデ アイタシ ドクター・M・L・マーチン]
主人公は誰だかわからない相手から、「話があるので今夜10時に研究室に訪ねてゆく」と電報でいきなり予告されます。
主人公はこの一方的な約束の予告が気に入りません。しかし電子メールと違って電報には折り返しの返信はできないので、わざと約束をすっぽかして食事に出かけることにしました。
相手について調べてみると、学位を6つも持っている錚々たる経歴の持ち主で、どうせこちらを若輩者と見下すような偉ぶった爺さんに決まっていると…。
行きつけのレストランで素敵な女性を見かけた主人公は、彼女をナンパしようと誘いをかけるのですが、断られてしまいます。
諦めて研究室に戻った彼のもとへ、何故かさっきの女性が訪ねてきました。
じつは電報をよこした錚々たる経歴の博士とは、気難しい老御大などではなく、目の前の女性だったのです。
彼女を値踏みしてナンパしようとしたぐらいだし、主人公は相手を女性と見て、はじめは軽視するのですが、別々に同じ研究をしていたふたりはすぐに意気投合し、その研究を遂に完成させることになります。
それが電報に出てきた【無熱光】でした。
これはいわば【無料の太陽光発電】みたいなもので、太陽光を電気や熱に変えるのですが、専用のスクリーン以外に費用は一切かかりません。クリーンで、しかも無料のエネルギーなのです。
がしかし、そんなものを市場に出されると、これまでの出資が無駄になってしまうと考える企業や組織が、あの手この手でこの発明を葬ろうと画策しはじめます。
スクリーンの制作に取りかかった彼の父親の工場はトラブルに見舞われ、巨大な敵を相手に多勢に無勢の主人公は命の危険すら感じる事態になるのです。
作中では市場に出回っているものよりも「優れていたせいで失われた」技術や製品、ガソリンに代わるガソリンよりも良い燃料が闇に葬られた話など、嘘か本当かわからない話がまことしやかに語られます。
考えてみれば今の家電は耐久年数がくるころには壊れるし、型が古いと部品がなくて修理もできません。
読みすすめながら、そういえば「昔の日本の家電はなかなか壊れなくて、しかも修理が可能で長く使えた」らしい…という話なんかも頭の隅をよぎります。
スマホだって、大事にすればもっと長く使えていいはずなのに、数年おきに買い換えないと古い機種は使えなくなります。
それを不条理だとは思わず、当たり前だと思っていたけれど‥‥なんてことも考えさせられます。
そして、主人公が選んだ解決策とは‥‥「そう来たか!?」な若い研究者らしいオチでした。
この作品は電報以外にも、妙に芝居がかった女性のセリフとか計算尺(実物を見たことない)とか、やはり70年以上も前の作品らしさが色濃く出ています。
それでいてその頃には影もかたちもなかったはずの太陽光発電(パネルじゃなくスクリーン使用)は出てくるし、使い捨て文化の背景にある経済至上主義についても考えさせてくれる、いかにも昔のアメリカSFっぽい作品なのです。
電気といえば、1月の寒波による電力不足に続いて卸電力市場の価格が高騰しているという話を聞きますよね。
太陽光発電で電気料金が安くなるかと思ったら、いつのまにか再エネ発電促進賦課金なんてものまで請求されるようになってるし、どこかで誰かが儲けるための負担が消費者にまわされているのだとしか思えません。
ここに出てくるような無料のエネルギーは、消費者には非常に魅力的なのですが、今現在それで稼いだり既得権益を得ている者たちからすれば、そんな発明品は冗談じゃないということになるのでしょう。
こういうことが気になるひとは、この作品は興味深く読めると思います。
タイトル・ロールの『月を売った男』については、お気に入りの作品なので、また次で。