喜びを前に私は

話題の新刊を探しに行った。
私の住む街には書店が1つしかないから、出張ついでに地域最大級の店にぜひ寄ってやろうと朝から意気込んでいた。
話題の新刊は想像通り売り切れていた。
考えてみれば、でかい書店ほどないに決まっている。
5階まである売り場の最上階から、フラフラ本を眺め、目的なしに歩く。
店員さんめっちゃ見てる。
大丈夫、盗ったりしません。
ただ、でかい書店が楽しいだけ。

医学、精神世界、心理学、建築、写真、小説、新書、話題の新刊、サブカル、音楽…

何でも買っていいなら20冊くらい手に取りたいところを、お財布事情とまた来る理由として3冊に抑える。
見出し、装丁、質感、タイトル、積み具合、はじめに部分の立ち読み、著者紹介。
ネット購入ですっかり忘れていた、実物を手に取って選ぶ喜びを思い出す。
本屋さんってやっぱりいい。
書物の海の中を気持ちの赴くまま、プカプカ流されていく感じがとても心地いい。
そこに新たな発見や出会いが転がってたりするからたまらなくおもしろい。

ずっしり重くなった鞄に多少の喜びを感じつつ、次はレコード店に寄る。
私の住む街にはもちろんない、やっとここが私の最寄りのレコード店。
中古レコードを端から1枚ずつ、ひと通りチェックする。
目に飛び込んでくるアートワークの数々に溺れかけながら、強烈な1枚に惹きつけられたり、驚愕の値段に引いたりする。
世界とつながる広くて深いレコードの大海原。

この店ではいつもチェックを欠かさない棚がある。
オールジャンルの中古の音楽誌をまとめた本棚だ。
お目当ての写真集がそこにないことを確認するのである。
今日もそこにないことを。
なのにそこにある日がくるなんて。
カラダにビリッと電流が走る。
とてつもない喜びに遭遇する時、私という人間は一度疑うのだと知った。
あるはずない、見間違いだ、似てるだけ。
そして目前にして手に入れられないときの絶望に対して予防線を張る。
ボロボロに違いない、めちゃくちゃ高いはず、見本品かも。
しかしあっけなく手に入ったそれは、定価とさほど変わらない良心価格の美品だった。
レジでニヤニヤが止まらない怪しい客。
この瞬間、私のものになる事実に、細胞がいっせいに喜びの声をあげる。

飛び跳ねたい気持ちを鞄に閉じ込めて夜の街を闊歩する。
いいことしかないじゃないか。
おそろしいほどに。
さて、どれだけの仕打ちが待っているだろう。
でもそれに抗えるほどの幸福が今はある。
しあわせを味わうことは、いつもほんのちょっとだけ怖い。
そんな自分の思考パターンを、変なやつだと自認しながら、刺激の少ない寝静まった私の住む街へ帰る。



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