【連載小説】悩み のち 晴れ!sideカエデ(ライトブルー・バード第3部&FINAL《2》)
↓前回までのストーリーです↓
↓そして登場人物相関図はコチラ↓
《山田カエデ》
自分で自分が解らないっ!!
山田カエデは、数時間前のことを思い出す度に、顔から火が出そうになっていた。
もしも今、サーモグラフィが自分の姿を写し出したとしたら、顔の部分だけが異常に赤くなっているかも……なんて思ってしまう。
どうして自分は、井原サトシにあんなこと言ってしまったのだろう?
「…………」
サトシたちバスケ部は、2週間後の練習試合でインターハイの常連校と対戦することが決まった。
現在はサトシの『偽カノ』であるカエデ。しかし、この試合に勝つことが出来れば、自分は彼の『本カノ』になるという約束を勢いで交わしてしまったのだ。
始まりはサトシのちょっとした悪ふざけだった。しかしながら、この提案を『有効化』させたのは、他ならぬカエデだ。
(我ながら『ナニサマ!?』って感じだよね。少年漫画のヒロインじゃあるまいし。マナカちゃんのような美少女ならまだしも……)
それよりも何よりも、自分のことをずっと想っていてくれたサトシに対して、これはかなりの『上から目線』ではないのでは!? と思う。
そんな自己嫌悪も入り交じり、カエデの頭の中はぐちゃぐちゃになっていたのだった。
だけど……、
たとえ時を戻すことができたとしても、自分はまた同じことをサトシに言ってしまいそうな気がする。
「…………」
カエデは部屋の窓を開けた。夜の冷たい空気が瞬時に頭と頬を冷やしてくれたが、さすがの冷気も心の中までは届かない。
空気の入れ替えを終え、カエデは火照った心のままでベッドにゴロンと横たわる。その時、無意識に抱きしめたものは、クリスマスにサトシからもらったチロルチョコ型のクッションだった。
☆☆☆☆☆
「カエデちゃんは、もしかして気持ちが揺れているんじゃない?」
「えっ?」
翌日の昼休み。友人である今泉マナカの教室を訪れたカエデは、2人になったタイミングで、前日の出来事を打ち明けた。
「うん、だから……そのぉ、井原くんと……カエデちゃんの『本命くん』との間で」
「…………」
自分たち『偽物カップル』の事情をある程度知っているマナカは、慎重に言葉を選びながら、自分の見解を述べる。
マナカが言うところの『カエデの本命くん』とは、もう一人の幼馴染みである星名リュウヘイのことだ。しかしカエデはその名前をマナカに伝えていない。
……っていうか、それだけはマナカに言えない!!
だってリュウヘイが現在片思いしているのは、目の前にいるマナカなのだから…。
もしもマナカが恋愛相関図の全体像を知ってしまったら、彼女はカエデに対し、気まずい思いでいっぱいになってしまうだろう。
サトシ→カエデ→リュウヘイ→マナカ……。そしてマナカはバイト先で一緒だった大学生に片思いしている。
『全員が片思い』の恋愛相関図。
そんな一直線の関係性だったハズなのだが……
(私がサトシとリュウヘイの間で揺れてる?)
マナカに指摘されて否定できない自分がいた。
リュウヘイに対する想いは、少しも変わっていない。
つまり
「それって、私が2人の男子を好きだってこと?」
「カエデちゃんと井原くんは幼馴染み同士で、付き合いが長いから断言はできないけど、少なくとも今は、友情と恋愛感情の境界線あたりにはいるんじゃないかな? それで……自分でも知らないうちに、ハッキリさせたい気持ちが働いてしまって『賭け』に乗ったような気がする」
「なんか私、尻軽だね」
溜め息が交じったカエデの言葉に対し、マナカは首を横に振った。
「カエデちゃん、私もね……」
「えっ?」
「荒川さん……あ、私が片思いしている大学生の名前なんだけど、私、その荒川さん以外に気になる男の子が現れたんだ」
「えーーっ!!??」
「名前は……言えないんだけど」
「う、うん」
自分だってリュウヘイのことは伝えていないのだからおあいこだろう。
「でもね、その子は中学時代の同級生を今でも好きらしいんだよね」
「そ、そうなの!?」
マナカは切なそうな笑顔で頷いた。
「………」
マナカのような性格のいい美少女が、2回連続で報われない恋をしているなんて……。
「荒川さんのことはまだ好きなのに、別の男子に失恋なんて、私の方が尻軽だよね?」
「いやいやいやいや……全然っ!」
今度はカエデが思い切り首を横に振った。
「この話、井原くんにはナイショしてね」
「うん、もちろん」
(マナカちゃんに『新たな気になる人』かぁ。一体どんな男子なんだろう。そしてリュウヘイは……また失恋しちゃったんだ。可哀想に)
片思いの相手が別の誰かに失恋してしまうのは、本来なら安堵する展開なのかもしれないが、今のカエデはそんな気持ちになれなかった。
その切なさは、自分もよく分かっているから。
自分たちの思いは、どこに向かっているのだろう……。
「あぁ……だからなのか」
突然、マナカが何かを思い出したかのようにポン手を叩き、一人で頷いいた。
「マナカちゃん、どうしたの?」
「……だから井原くんは、あんな風に言ったんだな……って」
「えっ?」
「井原くん、3組の教室にいなかったでしょ? 今、体育館に行って自習練しているハズだよ」
「…………」
「『昼休みは自由時間だし、俺は個人的な理由で勝手に練習するだけだから、他のメンバーは召集しない』って言ってたな」
「…………」
「ねぇカエデちゃん、試合の応援には行く予定?」
「大勢が集まる場所では、あんまり『彼女ヅラ』したくなかったから、実はどうしようか迷ってた」
今年度のバスケ部レギュラーは、サトシ以外にもイケメン男子が多いことで、コート外でも注目されている。そんなメンバーたちが強豪校と対戦するのであれば、当日は多くの生徒たちが体育館に集まるに違いない。
カエデはう~んと首を撚って、遠慮がちに呟いた。
「でも……行ってみようかな」
その返事でマナカはニッコリ微笑んだ。
自分の恋心は揺れているのだろうか?
今まで通り『全員が報われていない関係性』を保っていた方が、ある意味平和だったかもしれないと思う。しかし流れる時間がそれを許してはくれないようだ。
それならば……
「マナカちゃん、話を聞いてくれて、それと私に大事な秘密を話してくれてありがとう! 私、体育館に行ってみる」
それならば大切なモノを見落とさないように、しっかり自分の目を開いてみよう!!
カエデは笑顔のマナカに見送られながら、体育館へ向かって走り出した。
☆☆☆☆☆
体育館に着いたカエデは、中に入らず扉の陰からそ~っと顔を出す。そしてその体勢のまま、キョロキョロと視線だけを動かし、サトシの姿を探し始めた。
(いた!)
すぐに見つけられた。数人の生徒がバドミントンで遊んでいる中、サトシは奥のコートで何度もドリブルとシュートを繰り返している。
「…………」
練習に集中しているサトシは、カエデには全く気づいていない。もちろん、カエデ的にはその方が好都合だ。
「…………」
距離を隔てていても分かる。
サトシがどれだけ真剣なのかが……。
「…………」
対戦相手はバスケに疎いカエデでさえ知っている強豪校。勝率はほとんどないだろう。
それでも……いや、だからこそ。
自分だけは、サトシの陰の努力をしっかり見つめなければ…と思った。
(……明日も体育館に行こう)
☆☆☆☆☆
2週間はあっという間に過ぎ、とうとう試合当日の土曜日がやってきた。
会場は自分たちの学校、そして試合は14時から始まるとサトシから聞いている。
(落ち着かないなぁ)
午後のバスを利用しても、余裕を持って到着できるのに、朝からずっとソワソワしてしていたカエデは、予定していた時間よりも早く家を出て、かなり早い時間に学校に着いてしまった。
「あれぇ!? カエデ? カエデだよね!?」
校門を通りすぎようとした時、カエデは誰かの声に呼び止められた。
声の主を辿った先に見えたのは、他校の運動着をまとった男子の集団だ。おそらく彼らが、サトシたちの対戦相手だろう。
「あれっ?」
そんな男子たちの中に、一人だけ女子高校生が交じっている。
「ユキノ!!??」
驚いて声を上げたカエデ。
「あ、やっぱカエデじゃん。久しぶり! 中学の卒業式以来だね! 元気そうじゃん? サトシとリュウヘイは元気? アイツら相変わらず仲悪いのかな?」
ユキノと呼ばれた少女は、人懐っこい笑顔で、カエデの元へ駆け寄ってきた。
「あはは……2人とも元気だよ。ホントに久しぶりだね。あれ? もしかしてユキノはバスケ部のマネージャーやってるの?」
ユキノは制服姿だったが、他の男子と同じデザインのパーカーを羽織っている。
「当たり!」
「ユキノらしいね。昔から世話焼きだったから」
「へへへ…、バスケの知識ゼロから始まったけど、今は結構頑張ってるよ。……で、カエデは練習試合の応援に来たの?」
「うん、そうだよ」
「サトシ……はバスケ部にいるんだよね? あー! ここにいるってことは、もしかしてカエデはサトシと付き合ってるの!?」
ユキノの目が爛々と輝き始める。カエデは返答に困ってしまったが、とりあえず肯定することを選んだ。
「まあ……そういうこと……になるのかな」と。
「ふ~ん、やっぱりね」
「『やっぱり』って?」
「うん。だって私、カエデの彼氏になるのはサトシかリュウヘイだろうなって、中学の頃から思っていたもの」
「えっ!? えっ!? えっ!? ユキノ……どうして、そう思っていたの?」
戸惑うカエデにユキノはいたずらっ子のようにクスクスと笑った。
「カエデ、ちょっと話せる時間ある?」
「?……う、うん」
そしてユキノはバスケ部のメンバーたちに「すいませーん! 彼女、私の友達なんです。ちょっとだけ女子トークしてきまーーす!!」と告げると、カエデの腕を取り、校庭の隅へと移動した。
☆☆☆☆☆
「ユキノ、抜け出して大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。私の彼氏、あそこにいるキャプテンだから」
「いやいや、そういう問題じゃないでしょ。むしろダメじゃん」
「冗談だよ。私、日頃の行いがいいから、ちょっとくらいは見逃してくれるよ。それにカエデは知りたいんでしょ? さっきの質問の答え」
「う、うん」
「よろしい」
そう言いながらユキノは首を空に向けた。しかし今、彼女が見ているものは、空や雲ではなく中学時代の思い出なのだろう。少なくともカエデにはそう感じられた。
「カエデとリュウヘイは隣が家同士で仲良かったからね。アイツはバカだけど優しくて正義感あるし、カエデのこと色々気にかけていたから、お似合いだと思ってた」
「………」
「でもね」
「うん」
「正面から堂々とカエデを守っているのがリュウヘイなら、背後からコッソリ護衛していたのはサトシだったなーって、思うんだよね」
「えっ?」
「カエデってさ……」
視線を元に戻したユキノは、急にカエデの胸元を指差した。
「何?」
「中学時代からココの発育が良かったよね?」
「ななななな何!? 急に!?」
カエデは真っ赤になってしまい、思わず腕で胸を隠す。
「もう時効だから言うね。実は中3の頃、理科室の掃除をしていた時に、バカ男子2人がカエデの身体のこと話ながら雑巾がけしていたんだ。その日、プール授業があったからね。私とリュウヘイがいくら注意しても全然止めなくて……。あぁリュウヘイは珍しく激怒していたなー。『お前らそれはセクハラだろ!』って」
「………」
「それでも効果なしの『どこ吹く風』状態。…でね、その時サトシがゴミ箱持ってツカツカと近づいてきて、ヤツラの前にぶちまけたの」
「えーーーー!?」
「うん、素晴らしいコントロールだったな。アイツらの顔にかかるかからないかの絶妙な位置で」
ユキノは改めて感心したのか、自分の言葉にうんうんと頷いている。
「………」
「でね、サトシのヤツ、『お前らがうるせーから、手元が狂っちまった。だから静かに掃除してね♥️』なーんてセリフ吐き出してさ。笑顔だし口調は穏やかだったんだけど、それが却って恐怖感を増長させていたんだよね。私とリュウヘイまでビビっちゃうくらいwwww」
「…………」
想像がつく。怒りが頂点に達すると口角を上げるサトシの癖は、長年の付き合いで把握済みだ。
「私ね、中学時代、サトシに一度だけ聞いたことがあるの。『あんたカエデが好きなんでしょ?』って。その時は『カエデは小学生時代のイジメから守ってくれたから、ただ恩を返しているだけ』って言ってたけど、バレてるっつーの。私はサトシのことずっと見ていたんだから」
「…………えっ? それって」
カエデの表情が気まずいものに変わる。しかしユキノは吹っ切れた笑顔でカエデの肩をポンッと叩いた。
「昔のことだから、もう大丈夫だよ。それに言ったでしょ? 私には彼氏がいるって。まあ、サトシを好きになったのがきっかけで、高校でバスケ部のマネージャーになって、そこでやりがいと彼氏を見つけられたんだから、私は中学時代の片想いに感謝している」
「ユキノ……」
「ヒトの縁って面白いよね。…で、私はカエデとサトシとリュウヘイが同じ高校に進学することを聞いて、『恋愛の神様が何かを仕掛けんじゃないの!?』思っちゃった。『きっと何かが動くぞ』ってね」
「そうだね。動いているね」
カエデは、そう言って空を見上げた。そして「……今もね」と小さな声で付け加える。
透き通った冬の青空が、とても眩しかった。
☆☆☆☆☆
ユキノと別れて体育館へ向かうと、何人かのギャラリーが既に待機していた。
(やっぱりバスケ部は人気なんだなー)
「あ、あの人……井原さんのカノジョじゃん」
ギャラリーの1人がカエデの存在に気がついたらしい。
これが少女漫画であれば、人気者でイケメンの『彼女』である自分は、嫉妬と嫌がらせの対象になってしまうのだろうか……とカエデは思う。
不意にマナカの言葉を思い出した。
『カエデちゃんに嫌がらせをする…っていうことは、井原くんを敵に回すことで、井原くんを敵に回すっていうことは、バスケ部中に自分の悪評が知れ渡る……っていうことなんだよね。バスケ部にはイケメンで彼女がいないメンバーが何人もいるから、ミーハーで打算的な女子に対しては、かなりの効果があると思うよ。井原くんは二重にも三重にも計算しているね』
(……確かに)
一目置かれているような視線の中、カエデは目立たないように体育館の陰に移動し、試合開始までの時間を1人静かに待った。
☆☆☆☆☆
試合開始30分前には、ギャラリーの数が倍以上になっていた。
「あ、山田さん、前で見た方がいいですよね?」
下級生らしい女子生徒が自分のいる場所を自分に譲ろうとしたので、カエデは思い切り両手をバタバタと振りまくった。
「た、ダメだよ! せっかく早く来てゲットした場所なんだからっ! 気持ちだけで充分! あ、ありがとう!」
変な汗が出てきそうだ。
(焦ったぁ)
誰かの「さすがは『本妻』。余裕だねぇ」という声が聞こえた。
(『本妻』じゃないし……)
『偽カノ』である今の自分は、後方から静かに見守る方が丁度いい。
手前のコートでは相手校の選手たちがウォーミングアップをしていた。さっきまで自分と一緒にいて、おどけたり笑ったりしていたユキノは、真剣な目で顧問と話し込んでいる。
そして奥のコートにいるサトシに視線を移す。
まるで今までの総仕上げをするかのように、サトシは一つひとつ己の動きを確認していた。
緊張している空気は伝わってこない。
そして、試合開始を告げるホイッスルが体育館中に鳴り響いた。
(……サトシ)
☆☆☆☆☆
第1クォーターが始まるやいなや、相手チームに秒でシュートを決められてしまった。
やはり強豪校のパワーは半端ない。しかしサトシたちの表情から、動揺を感じることは全くなかった。
「気にすんな!! 落ち着いて自分の仕事しろっ!」
「オゥ!!」
その後も『0―1』『0―5』『0―11』と徐々に差を広げられる。想定内とはいえキツすぎる。カエデはまばたきの仕方を忘れてしまうくらい目を見開いて、サトシの姿を追った。
その時だった。
「もらいっ!!」
メンバーが一瞬の隙を読み、相手校からボールを奪う。彼がパスした先は、ゴールから離れた場所にいるサトシだった。
「サトシぃ頼んだ!!」
「オゥ!!」
サトシはボールを受け止め、そのままゴールに吸い込ませるようなシュートを決める。
『3―11』
ロングシュートはサトシが得意なワザの1つだった。
「あと3回決めりゃいいんだろ!?」
不敵な笑みを浮かべるサトシ。
(サトシ……)
何故だろう。カエデの目から涙がひとしずく流れた。
その後、相手校から追加点を奪われたものの、サトシは予告通り3ポイントシュートを3本決めた。試合の空気を掴んできたのは彼だけではない。他のメンバーたちも似たようなタイミングで、動きにキレが見え始めてきたのだ。
フタをあければ、第1クォーターの点数は『15―21』。県大会すら一度も出場したことがない学校が、強豪相手に、かなり食らいついた結果と言っていいだろう。
そして……
「ねぇ、もしかして」
「うん、もしかしてだよね?」
「うんうん、もしかして…」
ギャラリーから少しずつ、こんなこえが漏れ始めたのは、第4クォーターの中盤のことだった。
もしかして……勝てるかもしれないと。
サトシがまた3ポイントシュートを決め、『41―43』の2点差まで追い付く。
(見えた……かもしれない)
カエデが見たものは、相手校の『先を行っている余裕』から『追い付かれる焦り』に変わった瞬間だった。
それとは反対に、サトシたちはボールを追えば追うほどチームプレイに磨きがかかってきている。
(よかったね、サトシ)
約二週間、昼休みに1人自主練をしていたサトシだったが、3日目以降からはメンバーが「サトシく~ん、俺らもまーぜーて♥️」と乱入し始めてきた。
「バカじゃねーの?」と言いながらも、その口調は嬉しそうなサトシ。一週間目を迎えた頃には、レギュラーだけでなく、控え選手たちまで自主的に集合していた。
『鬼キャプテン』と言われているサトシだが、己に対してはそれ以上に厳しいので、文句をいうメンバーは誰1人いないという。更にヤル気さえあれば技術が足りなくても、とことん練習に付き合ってくれるらしい。
マナカを始めとする3組女子たちから聞いた話だ。
「…………」
このチームプレイは信頼と時間をかけて出来上がっている。
(サトシ……サトシ)
カエデは必死に祈った。
(サトシたちが勝ちますように!!)
サトシをどれくらい好きなのか、今はまだ分からない。でも今はただただ勝って欲しい!!
「サトシぃぃぃぃぃ! いっけぇぇ!!」
気がつくとカエデは声を上げていた。
☆☆☆☆☆
逆転の希望は、ホイッスルの音と共に消えた。
『41―46』
強豪校の意地がサトシのシュートを阻み、逆に3ポイントを決められてしまったのだ。
(……サトシ)
「残念!」「でもウチの学校、ずいぶん健闘したよね」「うん、井原先輩たちカッコよかった」
体育館をあとにする生徒たちの会話を聞く限りでは、結果に対して満足寄りの内容が多いようだ。
もうギャラリーは誰もいない。
(お疲れさま、サトシ)
自分も退散しよう。これから試合後のミーティングが始まるハズだから。それにサトシのことはそっとしておいた方がいい。
……と思ったのだが、そうは問屋が卸さなかった。
「カエデぇ!! 帰るの!? アンタはサトシが終わるまで待ってなさいよ!! ウチら今日は現地解散だから、今度は3人で中学トークしよ♥️」
「………えっ?」
ユキノのパワーには敵わない。
(ははは……)
☆☆☆☆☆
その後、体育館横で雑談を終えたユキノは「お幸せにー♥️」と言って彼氏と学校をあとにした。
そして2人きりなったサトシとカエデ……。
「ユキノがバスケ部のマネージャーか。どうやら天職だったみたいだね」
「アイツ、彼氏のこと尻に敷いているらしいからな」
「そうなの!? ちょっとウケちゃうんだけど」
強面だった相手チームのキャプテンの顔を思い出し、カエデはププッと吹き出した。
しかし、このあとの会話の糸口を見つけることが出来ず、沈黙が流れ始める。
(なんか……気まずい)
あと一歩で勝てたかもしれない試合。格上だろうがなんだろうが、負けたことに対して、サトシは悔しがっているに違いない。どんなに立派な慰めの言葉をかけたとしても、チープな響きになりそうで躊躇してしまう。
「カエデ」
サトシが沈黙を破った。
「な、何?」
「次は負けねぇ」
サトシはもう前を向いているようだ。
「……うん」
だから、この返事だけで充分だろう。
夕方の日差しが、2人の顔をオレンジ色に染め上げた。
「私らも帰ろうか? サトシ」
「あぁ、そうだな。あっ…………ところでさ、ねぇカエデちゃん」
サトシの顔つきが急に変わった。いわゆる『黒サトシ』モードだ。
「な、なに!?」
カエデは思わず身構える。
サトシが自分を『ちゃん付け』で呼んだあとに続く言葉は、99%ロクナモノではない……と分かっているのからだ。
「俺のこと……ずいぶんデカイ声で応援してたよね?」
サトシはカエデの顔を覗きこむような体勢を取った。
(聞こえてた! 試合に集中しているから、大丈夫だと思ったのに)
「俺が試合に勝ったら、オマエは『本カノ』になるって賭けをしたのに、それでもよかったってコト?」
「そ、それは……」
カエデの頬が染まっているのは、夕日だけが原因ではなさそうだ。
「はいはい?」
「……い、言ってないから、私は黙って観戦してたしっ!」
バレバレだが、嘘をつくしか手段はなかった。
「へ~え、俺の幻聴か」
「そうそう幻聴!!」
カエデはまだ自分の気持ちが解らない。
でも……これだけは断言できた。
自分は、2人の間で揺れている。
《スピンオフ》↓に続きます。