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無職男と時給870円女子の起業物語【第7話:無鉄砲な当てずっぽう】

あらすじ:六本木に夫婦で脱毛サロンIbiza Waxを開業。資金繰りに四苦八苦しながら2店舗目を出店、さらに通販事業を立ち上げギリギリの綱渡りの時に妻の妊娠が発覚。


僕は責任感が強い男である。ゆえに避妊はしていた。フィニッシュだけは。。。

以前にも書いた座右の銘「もうちょっと我慢して少し頑張るだけで勝てる」が責任を果たしてしまったかもしれない。

麻美といつかは欲しいと話してはいたものの今のタイミングではない。それでも結果は目の前に出た。妊娠検査薬の箱には99%以上の正確さと書いてある。さてどうしましょ?

麻美は検査ステックをじっと見て固まっていた。彼女があんなに「どうしよう」という顔をしたのは後にも先にもこの時だけだ。

「まじか、、、」麻美がやっと口を開いた。

わかる。俺も同じ意見だ。

資金繰りが落ち着いたとはいえ余裕は全くない。貯金も底をつく寸前だ。起業して7ヶ月、僕も麻美も1日たりと休んでおらず、しかも無給なのだ。無理して2店舗目をオープンしたものの会社としての体裁は整っていない。さらに新規事業の通販でこれからお金も出ていく。ここで産休、育休なんて選択肢はない。こんな状況で赤ちゃんを迎えるなんて想像でき、、、


「私30歳前には2人産みたいし、良いタイミングかも。がんばろ!
」と上を向く28歳の麻美。


僕は返す刀で

「そう言ってくれて良かった。うん大丈夫だよ。頑張ろう。子供楽しみだね!!!」

と言い麻美をハグした。彼女が先ほど見せた以上の「どうしよう顔」をして。

産婦人科に受診予約の電話を入れると「出産する病院はお決まりですか?都心の良い病院は妊娠が分かった時点で予約を入れないと埋まっちゃいますよ!」という。

出産費用は助成金でほぼ無料と聞き胸を撫で下ろした。それならばと有名どこの病院に電話し妊娠の判明日を伝えると確かに断られた。慌てて他院に問合せるも残るベッド枠はごく僅か。僕は取り急ぎ抑えると「それでは2週間以内に20万円を予約金としてお支払い下さい」と電話口から聞こえた。

さっき出した「どうしよう顔」の記録を大きく更新。逆立しても出ない金額だ。もちろん麻美に出してくれとも言えない。
起業時に「世界一周して見つけた商売が人様の陰毛を抜くことか!」とドヤされた親父に仕事の現況を盛り盛りで伝えつつ、病院の予約金のことを話し頭を下げた。今度ばかりは気持ちよくお金を振り込んでくれた。

出産予定日は11月初旬と確定。待ったなし。それまでに麻美が現場から離れても回る体制にしなくてはいけない。

僕らは予定を立てた。子供がいたら当時住んでいた方南町駅から通勤するのは不可能だと判断。駅は階段のみでバリアフリー概念ゼロ。さらに妊婦マークをつけていても満員電車は辛いことだらけ。ベビーカーを押して片道45分通勤するのは無理ゲーだ。
引っ越すなら少し高くても会社がある六本木一択。すると家賃が高い。

そこで僕らは賭けに出ることにした。
2店舗目の新宿店は好調だ。損益分岐点が約100万に対し5月売上190万円越え。繁忙期には200万円越えが予想された。月100万の利益だ。さらに六本木の売上も安定しつつあり毎月4~50万の利益が出始めた。つまり毎月150万の利益だ。

「もうちょっと我慢してさ。5,6月の利益で7月に小さいお店を出そう。そして繁忙期を3店舗で稼いで、そのお金を全部持って9月に俺らは六本木に引っ越し。10月は出産に向けて生活を整えるってのどお?」

The 取らぬ狸の皮算用。ずさんな予測。いや当てずっぽう。

それでも麻美は一言
「ナイスアイデア。よしっ、洗面器に顔を突っ込むか」とサイバーエージェント藤田社長の名言をまたリサイクルした。

6月に入ると出店候補の渋谷をくまなく歩き、道玄坂に小さい物件を家賃10万円で確保。内装工事2日、備品を3日で揃え7月には3店舗目になるIbiza Wax渋谷店をオープンさせた。

いつもの友人とIbiza Wax渋谷店のオープン工事

はっきり言って出産までは怒涛であった。人生でこの時以上に狂うほど働いたことはない。

同時進行で通販事業も忙しくなっていた。サロン3店舗のサポートをしつつ空いた時間で、制作会社、システム会社、デザイナー、広告代理店、コンサルタント、税理士と打ち合わせを重ねた。

初めて会う人ばかりだったが打ち合わせ場所は六本木ミッドタウンでお願いした。お前が行けよって話なのだが目眩がするほど忙しいし、なにせ交通費すら死活問題なのだ。打ち合わせに行く電車賃で妊婦にかけられる飯代が変わってくる。

「恐れ入りますが六本木ミッドタウンで打合せでもよろしいですか?駅直結ですので雨でも濡れずにお越し頂けます。地下1階にある無印良品の横にビル入り口がありますので、そこで080-31xx-xxxxにお電話いただければお迎えにあがります」

とメールし、お会いしたらビル入り口前のフリースペースで商談をした。ミッドタウンにあるカフェですらない。これ実話。

ここで何度も打ち合わせをしました

嘘は一つもついてない。ただオバちゃん達がお弁当を広げてる横で商談とは誰も予想もしなかっただろう。
ネット環境が必要な方には、Midtown_Free_Wifi をお伝えした。

このフリースペースで事務所を借りるのをギリギリまで節約した。通販がいよいよ始まるタイミングまで粘っているとIbiza Wax六本木店と同じ俳優座ビル503号室に空きが出たので契約。家賃9.5万円の初期費用と固定電話、デスクや椅子で60万以下で完成させた。

自己資金のみで起業から11ヶ月で3店舗の出店。オフィスも構えた。新しい通販事業も立ち上げた。
自分たちでは頑張っている方だと思ったが、近しい人達からは「おいおい、大丈夫か?」という心配の声も上がっていた。もちろんオールシカトだ。

しかし今振り返るとズタボロだった。働いているスタッフや労働監督署の方々はお前らの事情なんて知ったこっちゃないと思っただろうが、こちとら起業して一年も満たない会社なんだから大目に見てよ、と甘えた考えだったのだ。

税理士に会社の状況を聞くと「雇用契約をきちんとして労務を整え社保も支払い、経営者達も給料を取ってからでないと判断できないです」と言われた。そうですか。あんたは能無しか?と思って契約を解除した。今振り返ると能無しはオレの方だ。

朝から晩まで働き詰め。休憩時間はオフィスで寝ていた妊婦の麻美

気がつけば会社はブラック企業まっしぐら状態。お金さえ払えば良いでしょ?時給ちょっと多めに払うから、あとは各々でやってよというレベルの低さ。従業員も増えていたが新人を採用してもすぐ辞めたり飛ばれたりした。ついてきてくれていた従業員も僕らに不信感があったと思う。

そんな状態なので一向に麻美の負担は減らず働き詰め。いよいよ繁忙期にはお腹の張りが異常となり受診すると切迫早産(早産となる危険性が高い状態、早産の一歩手前の状態)と診断され車椅子に乗せられドクターストップとなった。

一方、会社は僕らの当てずっぽうの皮算用以上の数字が出てきた。8月にはサロンだけで利益200万円越え。通販事業もスムーズに立ち上がっていた。

そしていよいよ。洗面器から顔を上げる時が来た。目に見える形で変化が現れてきた。

六本木店、事務所と同じ六本木4丁目にあるパークハウスが89平米34万円で賃貸に出た。それまで杉並区の6万円の家賃から大きな飛躍だがここを借りれば通勤の負担はゼロ。サロンの研修室やスタッフが終電を逃した時に泊まれる場所にもできる。
だって利益が200万もあるんだぜ?20%は家賃に使っても良いでしょ!もはや発想が公私混同の極みだった。

恩人経営者に相談すると
「いやいやいやいや、子供できるから引っ越すのは分かるけど、調子こきすぎ!起業して一年だぞ?これからどうなるか分からないのに家賃34万はヤバいだろ!!」

その時はその時でまた引っ越せば良い。散々世話になった恩人のアドバイスを無視して借りることにした。
今の僕でも全く同じことをアドバイスするだろう。体制が整ってないのにテメェらが住む家に利益の20%て。無鉄砲すぎる。

しかし妻は切迫早産で歩けず絶対安静だし、赤ちゃんが生まれてくるんだ。家族第一優先だ。僕らは数ヶ月先の未来のことしか見えなかった。

前のアパートから持ってきたちゃぶ台1つで暫く過ごした。

会社の利益が出ては未払い分の給料として払い出し、僕らの生活を整える日々。
ここからは我慢していたリバウンドでアホみたいに勘違いが始まる。起業前は2人で30万でも儲ければ御の字だと思っていたのに、気がつけば大きな出費をするようになっていた。

大塚家具で取り急ぎ揃えたリビング

実際、単品リピート通販が予想以上のスピードで成長していたのだ。
そして僕らの勘違いも同じスピードで大きくなっていた。

痛さのレッドゾーンに入り、それは一年ほど続いた後に事件が起きる。
従業員や身近な取引先からの立て続けの裏切りだった。

次回は単品リピート通販の立ち上げについて書いていく。


ちなみに妊娠268日を100秒にまとめたタイムラプスはこちら


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無職男と時給870円女子の起業物語
【第1話:火傷しない商売のルール】
【第2話:スパイ大作戦と砦の確認】
【第3話:半径1mの資金調達】
【第4話:六本木No.1戦略】
【第5話:洗面器に顔を突っ込む】
【第6話:飛び道具の開発方法】
【第7話:無鉄砲な当てずっぽう】
【第8話:順調は不調の始まり】
【第9話:1億円を燃やして得た教訓】
【最終話:最高のマーケティング、そして売却へ】


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