いい風を、と誰もが言った
ディンギーとの出会いは、本当に偶然のできごとだった。
大学入学後の新入生のサークル勧誘イベント。
僕は一直線に目的のブースに向かっていた。そこは『探検部』。
それはきっと、一浪して大学に入学を果たし、今なら何でもできるかもというおかしな勘違いからだったのか、それとも、単に解き放たれた気分の延長線上で、世界の果てまでいってみたい、という気持ちからだったのか、とにかく、自分は大学4年間を、『探検』をして過ごすと決めていたのだ。
そして、イベント会場のキャンパスをまっすぐと『探検部』のブースにたどり着いた。
そこにあったのは、ブースに置かれた長テーブル。
テーブルには手書きの紙がひとつ。そこにはこう書かれていた。
ただいま、探検中。
4月のはじめ、確かに新歓イベントをやっているころは、まだ、授業も始まっていない。
ま、そういうこともあるよね。探検部だし。
探検部の入部は、後日、部室に行けば、できるだろうから、ちょっとキャンパス内を散策したら帰ろうか。と踵を返したところで、見るからに海をイメージさせるお姉さんが、絶妙のタイミングでチラシを差し出した。
そこに書かれていたのは、ディンギー(1~2人乗りの小型ヨット)のイラストと体験会の案内。
それが、ディンギーとの最初の出会いだった。
体験会に行こうと思ったのは、その海をイメージさせるお姉さん、ではなくて、そこに書かれていた、風とともになんとか(よく覚えていないけど)の”風”という文字に反応したから。
片岡義男の小説でオートバイに憧れていた僕は、高校生の時、16歳になると同時に二輪免許をとり、アルバイトでためたお金で中古のオートバイを買った。
オートバイといえば、風を切る疾走感。
海岸沿いの道や高原のスカイライン、つづら折りの峠道を走るツーリングにはまっていた僕は、海の上を風をとらえて走るディンギーという乗り物に必然的に心を魅かれた。
ちなみに先程から、海・海と言っているが、当時、京都の大学に通っていたので、僕が初めてディンギーに乗ったのは、海ではなく湖、琵琶湖です。
体験会の日。晴天の琵琶湖は、いい風が吹いていた。
そして、その日から僕の日常にディンギーが加わった。
オートバイで風を切って走る心地よさ。
オートバイ乗りなら、その感覚はわかってもらえるかと思うけど、風をつかまえてディンギーが水面を走る感覚は、今まで味わったのとはまた違う新しい興奮をくれたのだ。
もちろん、だからと言ってオートバイをやめたわけではないし、実際、自宅から琵琶湖までは、オートバイを駆っていた。
いうなれば、風を切って駆ける手段と場所がまた一つ増えたということ。
ヨットインストラクターをしていると、ときどき、オートバイ乗りや自転車乗りがスクールにやってくる。
そういえば、このあいだは、馬乗り(馬に乗る人って意味ね)もやってきた。ディンギーのシート(帆を操るロープ)が手綱のようだと。
誰もが風を切って走る場所を海の上にも広げて楽しんでいる。
そうそう。そういえば、探検部。
結局、ヨットサークルに入り、探検部のブースへ向かうことはなかった。
その代わり、長期休みになると、世界各国へ出かけて冒険まがいのことをする一人探検部的な活動が加わったんだけど、それについては、また別のnoteで。