できるできないは、やってからわかる(中国ルーツSさん)
こんにちは!カタリバRootsのせなです。
カタリバRootsプロジェクト(外国ルーツの高校生支援)の進路体験記シリーズ(2022年版)では、多様性あふれる卒業生たちの歩みと、彼らが自分のことばで語る成長と学びを、インタビュー形式*でご紹介しています。
*2022年5月時点(インタビューは3月実施)の情報です。
#5は、中国ルーツのSさんのストーリーです。
Sさんのプロフィール
中国・福建省出身。2016年7月(中学3年生)に、10年ほど日本で暮らしていた親に呼び寄せられ、来日しました。
親が長年日本に住んでいたとはいえ、自分も行くとは思っていなかったというSさん。来日を告げられたときは、急に環境が変わることに緊張していたそうです。来日後しばらくは、友人もおらず、やることもなく、仕事で忙しい親に代わって同居した親戚に面倒を見てもらいながら、寂しい思いを抱えていたとのこと。夜間中学校で学んだのち、定時制高校に進学しました。
高校2年生
学校では、同じルーツの生徒のグループといっしょに行動していましたが、カタリバのメンターや先生が話しかけた際には、積極的に対話に応じる様子が見られました。映画づくりプロジェクトへの参加をきっかけに、自ら周囲との関わりを広げ、新しい機会に参加する姿勢が増えていきました(詳しくは、インタビュー内容へ)。
高校3年生
日本語レッスンを経て、日本語能力検定のN3に合格しました。行動の自立度がどんどん高まり、進路選択の場面では、大人との対話の機会も活かして迷いと不明点を解決し、キャリア観にもとづいた自己決定を行うことができました。進学先が決まったあとも、不明点やアドバイスが欲しい点などを、適宜学校の先生やカタリバのメンターに相談し、周囲の協力を得て問題解決をする姿勢が磨かれていきました。
卒業後は、中学生以来の夢であるパティシエになるため、大宮スイーツ&カフェ専門学校で学んでいます。
興味も自信もなかったプロジェクトに参加し、「はじめてのチャレンジ」への考えが変わった
せな:
今日はよろしくお願いします。Sさんが高校生活で学んだこと、成長したことを聞かせてくださいね!
Sさん:
はい、よろしくお願いします。
せな:
私たちがSさんと会ったのは、2年生のときだったよね?私たちと話しはじめたきっかけを教えてください。
Sさん:
あれは、2年生のときですか...。 時間がたつのは速いですね。
他の学年の授業で学校に来ていたカタリバの人に、声をかけられたんだと思います。何回かお話していたら、ある日「プロの映画監督さんに教えてもらって、映画を作るプロジェクトをやってみない?」と、さそってもらいました。
そのときは、とくに映画や映像製作に興味がなかったし、やったことがないから、やらないかなーと思いました。でも、あとでゆっくり考えてみたら「やってみてもいいかな?」と気が変わりました。
逆に、やったことがないから、1度やってみないとわからない。
もしかしたら、面白いかも?成長できるかも?と思いました。
仲の良い中国出身の友だちといっしょのときに声をかけてもらったので、知っている人といっしょにやれるのは、1人より楽しそうだな、とも思いました。監督さんたちは日本語しかできないから、うまく話せないかも、とも思いましたが、中国語が話せるメンターのYさんもサポートしてくれると聞いて、安心しました。
せな:
はじめは、興味がなかったんですね(笑)。やってみて、どうでしたか?
Sさん:
とても面白かったです!いろいろな大人といっしょに、相談しながら映画が作れてよかったです。監督さんや、プロジェクトの人、カタリバの人などと、毎週いろいろな話をしました。
それまで、先生以外の日本人の大人と、ほとんど話したことがありませんでした。中国人でも、親せきや知り合い以外で、社会人と話す機会もそんなにありませんが...。そんな大人の人たちと知り合えたのが、めずらしくて良い経験だと思いました。
最初は、日本語で話すことも緊張したし、「まちがえたら嫌だ」と思っていましたが、監督さんや大人の人たちが優しかったので、だんだん気にせずに話すようになりました。私たちが表現したいことに興味を持ってもらって、話をたくさん聞いてもらえてうれしかったです。
(Sさんの作品の1シーン)
せな:
さっき、「やったことがないから」やってみた、と言っていましたが、Sさんは、いつもそういうふうに、はじめてのことに積極的にチャレンジしていたんですか?
Sさん:
いつも、ではないです...!前の私は短気で、高校1年生の時までは、新しいことにチャレンジしようとは思いませんでした。でも、今は新しいことを試してみるようになりました。多分、映画のプロジェクトがきっかけです。
映画を撮ったあと、ふりかえって「やったらできたなあ」「やってよかった」と思ったことが、考えが変わった理由だと思います。大人に意見を伝えたり、日本語で原稿を作ったり、映像を計画して自分で撮ったり、上映会であいさつをしたり。色々はじめてやったことがありましたが、全部、自分がやる前に思っていたよりできたんです。
そこから、「何かをできるかできないかは、やったあとにわかること」と気づきました。やらなかったら、できるかわからなかった。初めはできなくても、少しずつできるようになるかもしれない。
映画プロジェクトに参加するか迷ったときに思ったこと(1度やってみないとわからない)は、正しかったです。はじめてのことができて自信がついたし、「次もチャレンジしてみよう」と思いました。
(Sさんが日本語クラス内で書いた作文。新しい機会や人間関係に対してよりオープンになったと、自分の成長をふりかえります)
せな:
最初に、Sさんが思いきってチャレンジしたから、気づくことができたんですね!そのあとも、色々チャレンジをしてみて、どうでしたか?
Sさん:
はい!映画を作ったあとは、カタリバのオンラインクラスで日本語の勉強をしました。
日本語がむずかしくて、日常生活で困ることがあったのですが、自分で勉強しないといつまで経っても自然にわかるようにならない、ということに気づきました。中学生のときは、学校の勉強をしていればできるようになると思ったんですが、高校に1年間通って、それでは足りないと感じました。
せな:
いっしょに日本語の勉強をはじめる前は、どういうふうに困っていたのかな?
Sさん:
人と話すときに、自信がなかったです。読むことと書くことは、漢字がわかるし、時間をかけて調べたりできるけど、話すときや聞くときに、まちがえるのが怖くて、何も言えなくなってしまうことがありました。
言いたいことが本当はたくさんあって、中国語では言えるのに、日本語で伝えられないときにも、くやしい気持ちになります。そのたびに「もっとできたらいいのにな」と思っていました。
今も時々くやしいことがあるけど、この会話が日本語でできているし(笑)
前よりたくさん伝えられるようになって、うれしいです。
カタリバでしばらく勉強して、日本語能力検定のN3に受かったあとに、専門学校に向けてもっとたくさん勉強したくて、数ヶ月間、日本語学校で毎日勉強もしました。今は、アルバイトもしているし、職場の人やお客さんと日本語で話しています。学校でも、日本語で発表したり、クラスメイトとも話します。これから、もっともっとうまくなりたいです。
せな:
日本語の上達だけをみても、Sさんが「次はこれをやってみよう」と、少しむずかしいことや、はじめてのことに、たくさんチャレンジをしたことがわかりました。ほかに、高校時代で印象的だったことはある?
社会人の先輩のヒントをもとに、進路の迷いを1つずつ解決していった
Sさん:
進路に悩んだときが、印象に残っています...!
中学生のときからずっとパティシエになりたいと思っていましたが、高3で進路を決める時になって、迷いはじめてしまいました。私にとって、お菓子づくりはずっと趣味でした。本当に、仕事としてもできるのかな?楽しくなくなったらどうしよう?と思って、不安になりました。
せな:
なるほど!そのときに、どうしたんですか?
Sさん:
まずは、たとえば美容師など、他の道も考えてみました。自分が今までできたことや、好きだったことから、ふりかえって考えました。
アルバイトで接客をする中で、私は、自分のスキルで人を笑顔にできたときに嬉しいんだな、ということに気づきました。私は手先が器用だし、美容師などでも、色々な人をきれいにできて「満足の笑顔」を見れるかな?と、新しいアイデアが出てきました。
せな:
そうだったんだ!改めて考えてみたら、選択肢がふえたんだね。さらに迷いそうでもあるけど...(笑)。
Sさん:
その通りです!選択肢は少し広がったけど、その中から自信をもって決めることがむずかしくて、ほかの人に相談してみることにしました。ちょうど、オンラインのイベントで大人との交流会があったので、社会人の方々に自分の状況をシェアして、相談してみました。
そうしたら、あんなに悩んでいたことに対してすぐに、
「もし、仕事として飽きてしまったら、新しい趣味や興味をさがしてもいい。1つのことにつかれたら、休憩すればいい」と、コメントしてもらえて、とても納得しました。困ったら、そのときに解決する方法は色々あるんだな、と思って、安心しました。私が1人で方法を考えつかなかったら、また人に相談すればいいし。
せな:
人の意見をもらって、アイデアや視野をさらに広げることができたんですね!さっき、今まで先生以外の大人と話す機会はあまりなかったと言っていたけど、大人に相談したり意見をもらうことに、抵抗はなかったですか?
Sさん:
大人の意見を聞くことには、抵抗はありませんでした。私にとっては、こういう機会は少なかったので、大人のアイデアを聞いてみたら、自分がどう変わるかわからなくて、変わってみたいと思いました。
色々な人の意見を聞いて、自分の参考にしたり、自分を変える機会は貴重だと思います。自分を変えるときは、自分が望んでいれば変われると思います。私はそのとき変わりたいと思っていたので、その機会を使って協力をお願いして、ヒントをもらいました。協力してもらい、感謝しています。
ただ、はじめて話す人たちに、自分の考えや状況をシェアすることは、すごく緊張しました!学校で、同じ年の人たちに発表する機会はあるけれど、大人がたくさんいる場所で、日本語で話したことはほとんどなくて。
あ、でも、映画の試写会で舞台あいさつをしたので、そのときがはじめてだったかもしれないです。映画プロジェクトが役に立ちました(笑)。
カタリバのメンターに、「こういう機会があるよ、参加してみる?」と言われたとき、断ることもできたと思いますが、「挑戦」と思ってやりました。映画のときを思い出して、「がんばったら、やってみたら、できる」「機会を役に立てるのは、私次第」と思いました。
(大人との交流会で相談した時の、Sさんの問い)
選ぶ過程に向き合って悩んだからこそ、今は目の前の進路に全力でコミットしたい
せな:
とても素敵な考え方だね。相談したあと、どうなりましたか?
Sさん:
結局、心配していたことには解決策がありそうだとわかったので、一旦忘れて、本当にやりたいことを改めて考えました。
学校の資料を取り寄せて、どこで何を学びたいかな?と考えたとき、パティシエの学校の資料の色々なお菓子の写真に一番わくわくして、「やっぱりこれがやりたい」と思いました。
私は中学生のときから、アプリなどでお菓子作りを調べて、試してみていました。週末や時間があるときに何度も作って、作る過程も写真やビデオで残したり、失敗したらやり直して、何をまちがったか勉強したり。たくさん時間をかけました。作る途中の楽しみな気持ちや、完成したら嬉しかった気持ち、家族に食べてもらって笑顔を見れたときの幸せな気持ちも、たくさん覚えています。
お菓子作りが好きなのはわかっていたけど、もう1度それを選ぶことができました。前より、安定した気持ちです。この仕事で、困ったりむずかしいことがあっても、解決するためにがんばれると思います。
せな:
Sさんが、自分と向き合って考え抜いたから、納得した道を選べたんですね。Sさんは、これから、どうなっていきたいですか?
Sさん:
私は、日本でケーキ屋さんを開く夢があります。たくさんの人においしいお菓子やケーキを届けられたら、とても幸せです。そのために、お客さんや仕事の人と話せるよう、日本語・コミュニケーション・ビジネスを学びたいです。専門学校での新しい環境や、先生たち、クラスに少し緊張していますが、中学生のころからずっと夢だった、お菓子作りをやっと学べることが、今は改めて、とても楽しみです。
たくさん考えて決めたので、これからは迷わずに、目の前のことに努力をして、楽しむことに集中したいと思います。
せな:
また迷ったり、何かを決めたりするときにも、きっとSさんなら解決できますね。色々考えることも楽しんで、人にも頼って、自分の道を作っていってください!インタビューを受けてくれて、ありがとうございました。
(専門学校の製菓の授業で、Sさんとクラスメイトたちが作ったケーキ。
周囲と協力しながら、夢に向かって着実にすすんでいます)
〜編集後記〜
私たち(支援者)の機会への後押しを、生徒本人がうまく学びと自立のサイクルにつなげた、バトンパスのような「協働」が表れたケースでした。その過程で、Sさんが、元々の強み(勤勉さや向上心)を自然に活かし強化したり、選んだ道への納得感・コミットを少しずつ積み上げていった様子がとても頼もしく、これからの未来を創っていく力になってほしいと感じました。
また、「はじめは参加を迷ったが、不安要素が少なく機会に参加しやすかった」「少しストレッチの機会での成功体験を経て、はじめての挑戦に対する認識が変わった」との話を聞いて、改めて、参加ハードルの調整(言語サポートや、生徒の不安の解消)の大切さや、ニーズに合致した機会とつながったときの効果の大きさを実感しました。
■カタリバとの伴走内容(週1・60分)
・Glocal Cinema Meetup!(映画づくりプロジェクト) (高2年)12月-3月
生徒らが壁打ち相手の映画監督さんに対し、自分の構想やアイデアを日本語で説明し、フィードバックをもらって議論をするサポートをしました。
・進路伴走(高3年)8-10月
・企業連携イベント(探究発表会)
生徒が主体となって、自己分析や進学後の学習環境に関する情報収集などを行い、メンターは質問解消や情報整理の壁打ち相手としてサポートしました。また、キャリア観形成のための社会人との対話の場を設け、生徒が場を活用できるようサポート(参加準備・振り返りなど)を行いました。進路決定後は、学校と連携し、AO入試に向けた出願書類の添削や面接練習などを行いました。
・日本語の学習(高3年)4月-6月、10-11月
日本語能力検定N3の受験に向けて、過去問を使って読解問題の解説を中心としたレッスンを行いました。合格後には専門学校での学習やキャリアに向けて、社会の情報を取り入れたり、自分の意見を表現する練習を行いました。具体的には、ニュース記事やコラムを読みそれに対する意見を発表することを通して、語彙や表現力を磨いていきました。