『ロードス島戦記 1〜灰色の魔女』感想
ライトノベルファンタジーの草分け的な存在であり、三十年ほど前に日本では、少年少女やファンタジー好きの若者を中心に大ヒットしたファンタジー小説をご紹介します。
今回は、平成25年に出た改訂版を読んでの感想となります。元の版も同じく電子書籍で読めますので、比べてみるのも良いかも知れませんね。
電子書籍のおかげでロングセラーが生まれやすくはなりましたが、改訂版も元の版も同時に売られているのを見ると、『ロードス島戦記』の息の長さ、コンテンツとしての強度を感じます。ちなみに、MMOのゲームとしても、テーブルトークRPGとしてもバリバリの現役です。
さて、現代のウェブ小説の流行で、よりファンタジーの軽量化が進む中では、この物語も程よい重厚さのある、本格的なファンタジーだと思われているようですが、当時の受けとめられ方は違いました。
出版された当初は、海外翻訳のファンタジー小説などを読み慣れた層からは、ライト過ぎる、小説らしさに欠けると言われていたとも思います。
今でもそんな風に思う人はいます。私にとっても、クラーク・アシュトン・スミスの一連の短編や『アイスウィンドサーガ』のような、アメリカ発のファンタジーに比べると、ややという以上に軽く、また世界観が小ぢんまりとして小綺麗な印象を受けます。
私は、アメリカに、日本のライトノベルファンタジーに相当する物があるのかはよく知りません。ジュブナイルとして書かれたのはあるようですが、それが日本のライトノベルとどう違うのかはよく分かりません。
さて、ここでは特に『アイスウィンドサーガ』との比較で語ってゆきたいと思います。これは極めて個人的な理由です。若き日に夢中になった両作品で、どちらからもとても影響を受けたからです。
いろいろ違いはあるとは思いますが、一番大きな違いは、『ロードス島戦記』においては、悪というか敵側にも事情があるように書かれているのが大きいと思います。
暗黒皇帝と呼ばれ、覇道を生き諸国への侵略者となるベルドにも、ロードスの歴史の裏で暗躍してきた灰色の魔女カーラにさえも、敵なりの事情が、『正義』があるのです。
そんな中、正義の神ファリスの神官を親友に持ち、自身も正義感の強い主人公パーンは、自らの信じるままに仲間とともに行動します。
でも独善的な印象は全くありません。パーンが多様な出自と事情を持つ仲間たちに公平で、それ以外の他者に対してもフェアな態度を崩さないからです。
行く時には自分だけでも行く、常にそんな覚悟が感じられます。自分は正しいことをしているのだから、皆が従うべきだなどとは微塵も思いません。周囲にそう誤解されるような態度も取りません。
また、視点の主がけっこう頻繁に変わるのですが、彼らの目を通して見えているパーンは、「真っ直ぐな気質で少し無謀なところもあるが、勇気ある誠実な若者」です。同時に、過度な主人公上げもしません。あるがままの主人公の姿を受け入れて、信頼するのです。
白にも黒にも分けられない、善悪さえも定かではない戦場に出た後でも、全てを知った上でなお、灰色の魔女カーラを倒すために突き進む姿はまさに主人公、という感じです。
『ロードス島戦記』の背景世界は、フォーセリアと呼ばれる世界でもあり、国産テーブルトークRPGの初代ソードワールドと同じ世界です。それは作者である水野良氏が作成した世界です。
『ロードス島戦記』にはテーブルトークRPG版もあり、フォーセリア世界の中でも、ロードス島だけを舞台にするゲームでした。
元々はアメリカ製テーブルトークRPGであるD&Dのルールを使って遊ばれていたのが、『ロードス島戦記』の元になっています。ただし、同じなのはルールだけ、背景世界はその時から、水野良氏が作成した世界を舞台にしていました。
このあたりのゲームとの関連は、改訂版の方の巻末の解説にくわしいです。
『ロードス島戦記』の小ぢんまりとして小綺麗なファンタジー世界は、時間的にも空間的にも壮大さを感じさせるD&Dの世界(ここでは特に『アイスウィンドサーガ』や映画『ダンジョンズ&ドラゴンズ』と同じフォーゴトンレルムについてです)に比べると、確かにスケール感はやや劣るとは思います。
フォーゴトンレルムには、美しさやカッコよさだけではなく、どうしようもない醜さ、悪逆非道さ、デンジャラスさが余すところなく設定されており、それがまた世界観の奥行きと広がりを感じさせるのですね。何故なら人は、強烈な対比(コントラスト)により、よく強く印象づけられるものだからです。
そうした意味では、『ロードス島戦記』には悪の強烈さは乏しいかもしれません。その代わり、単に悪を悪として描くのではなく、背景となる事情や人間模様を描きながら、複雑なキャラクターたちの関係性を通して世界観を感じさせるようになっています。
そのような関係性や個々のキャラクターの設定を書くには、繊細に形作られた箱庭のような背景世界と世界観が向いているのではないでしょうか?
そんな日本のファンタジー、それが『ロードス島戦記』だと私は思います。
ちなみに、『アイスウィンドサーガ』に関する感想はこちらです。
余談ですが、アメリカ製の、とか、日本の、とか、国際比較みたいな捉え方は私個人の思考の癖です。
人によってはそんなことより、ウェブ小説発か紙の本発か、ファンタジーとしてライトであるか重厚さがあるか、ライトノベルか一般文芸か、そんな区分けの方が大事な場合も多々あるのですね。
私は大学で国際比較文化学を正式に習ったわけではなく、きちんと専門書を読んだわけでもないので、素人の感想として受け止めてください。
それでは今回はここまでです。読んでくださってありがとうございました。
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