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【サスペンス小説】その男はサイコパス 第21話

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 その日は高木を見つけた時の様子をさらに詳しく聞かれただけで警察署を出た。水樹や時道老人と一緒にいた時の様子は水樹に訊(き)いているのだろうと推察した。

 知也は考えた。さて、これからどうするか? 水樹はまだ出てこない。民事の、それも税務が専門とは言え弁護士である以上素人とは違う。警察もおいそれと無茶な取り調べはできないはずだ。

 にも関わらず俺より長い時間掛かっているのはなぜなのか? 

「俺たちは疑いを掛けられているわけではない。それなら理由は? 爺さんについてくわしく話せと言われているのか。その可能性はあるな。つまり怨恨の線ってやつだ。爺さん本人は、恨まれているのを言いたがらないか、認めたがらないかも知れない。水樹は違うだろう。共犯者の目星をつけるためなら警察に協力する」

 知也は警察署の近くのコンビニに入った。冷たい緑茶とチーズパンを買い、イートインスペースはないので駐車場の隅(すみ)で立ったままで食べる。昼にラーメンを食べたが、警察とのやり取りで小腹が減った。少しは疲れたのだろうと思う。

 まだ夕方には時間がある。夕方どころか夜になるまで暑い。今はまさに地獄の炎天下だ。知也は持って来ていた手ぬぐいを頭に巻く。直射日光を防いで少しは楽になる。

 食べ終わるとパンの袋をコンビニのゴミ箱に捨てて、半分残ったペットボトルの茶はそのままかばんに入れて持っていく。

 最寄りのファミリーレストランで待っていると伝えてくれと警察には頼んである。知也はそのファミレス『マスト』に向かった。

 ドリンクバーを頼んで一休みする。冷たい無糖の炭酸水が口内と喉(のど)に心地良い。
 四十分の間、水樹を待った。無糖炭酸水2杯を飲んで過ごした後、入り口に水樹の姿を認めた。

「水樹、こっちだ」

 手を振って大きめの声を出す。入り口近くの四人がけの席を取っておいた。水樹はすぐに気がついて、知也のいる方に来た。

「やれやれ。酷い目に遭(あ)ったな」

 水樹は心底疲れ切っている。

「お前は弁護士なんだから、法律を知っている。何とか途中で切り上げてもらうこともできたんじゃないか?」

「お祖父さんのためだって、お前が言ったんじゃないか」

 やれやれ、相変わらず融通が利かないな。確かにそう言ったし、それは嘘ではない。それでも別に一から十まで警察の言う通りにする必要もない。

 言葉通り百パーセントにしか受け取れないのは水樹の自閉症スペクトラムのせいではあるが、在学中に弁護士になれるくらい頭が良いのだから、そろそろ学習してくれてもいいのではないかとも思う。誰でもそうやって学習して成長する。そう、誰でもだ。

「お前にその点でハンディがあるのは分かるんだが、よく考えろ。警察に協力すれば爺さんのためにはなるが、何で全部が全部警察の言うままにしなくてはならないなんて話になるんだ?」

「なるほど、言われてみればそうだな。今度呼ばれたら疲れたからと伝えよう」

「ああ、そうした方がいい」

 少々冷たく素っ気ない言い方になったが、知也は自分が必要と感じた以上には気遣いをしない。椿に対してもそうだった。仕事でもそうだ。言いたいことは、言い方に気をつけはしても必ず口にする。

 その時には腹に力を入れて落ち着いた態度で告げるのだ。大抵の者なら言いにくいと感じるような話をする時には特に。

 知也は言いにくいと感じたことはほとんどない。それでも言い方を工夫した方が良いのは分かっていた。分かっていて、実行できた。水樹とは違っていた。

「税理士事務所では上手くやれているか?」

「まあまあだよ。所長は理解のある人だ」

「それならよかった」

 知也はそれ以上聞かない。余計な心配もしない。

 飢えた動物がエサを欲しがるように、人の同情や関心をもっともっとと欲しがる人間はいる。男にも女にも、自閉症スペクトラムであろうとなかろうと。その点で水樹はよかった。そんな自立心のない人間ではなかったからだ。でなければとうに知也の方から離れていた。

 水樹はテーブルの上にある端末で、サラダとスープとパンを注文した。おやつと言うには多い、ちょっとした軽食の組み合わせだ。やはり疲れで腹が減ったのか、と見て取る。

「爺さんの屋敷のセキュリティは大丈夫なのか?」

「どうしてああなったのか調べてもらっているよ」

「セキュリティ会社に共犯者がいる、なんて話なら単純だが」

「可能性を言うだけなら何とでも言えるからね」

「警察からは何か聞いていないか?」

 警察も知也と同じように考えて、捜査をしているかも知れない。そう考えたのだ。

「僕が聞かれたよ。お祖父さんは誰かに恨まれていませんかって。恨んでいる人がいないと言ったら嘘になる。でも犯罪まで犯すほどかな。例の赤インクの手紙みたいにいたずら程度ならともかくね」

 知也はあることを思いついた。例によってワクワクしてきた。水樹のために何かしてやろうとは思っているが、当時に自分自身のエキサイティングへの欲求のためでもある。それを自分に対してごまかしはしなかった。

「なあ、水樹。警察に話した内容を、ここで俺に話せるか?」

 水樹はうなずいた。

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